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第二会議室の中で、部屋の隅に置かれた椅子に座ったまま、ディートハルトは室内を見渡していた。
別の隅には階段状に組み立てられた枠組みがあり、会議机の上には大量の人形や小物が所狭しと並べられている。
それはバラバラに引かれた椅子の上にも言える事だった。
連絡を受けて説明もそこそこ駆け付けた扇は、まさにそれらに手を伸ばそうとしていたディートハルトをすんでのところで制止するのに成功していた。
団員の一人に、まだ外にいるだろう朝比奈を呼びに行かせ、扇自身はディートハルトを人形から離した隅に座らせて監視していた。
唯でさえ、ゼロが来なくて不安に思っているところへ、除外リストに載っているディートハルトが第二に入ったと知られたらと思うと、と扇はゾッとする。
今度は自主的にどのくらい顔を見せなくなるか知れないからだ。
ディートハルトが第二を覗くことを諦めていない事は知っていたというのに、隙を作ったのは扇達なのだから弁解のしようもない。
それでも不用意に触られて壊されなかった事にのみ、少しだけ安堵する扇だった。
軽いノックに続いて扉が開き、藤堂と朝比奈、仙波、卜部が入って来る。
扉から見えた廊下には見張りしかいないようだった。
扇は藤堂の姿を見ていつも通りなのにホッとする。
「‥‥ホントに入ったんだ。‥‥しぶといというか、執念深いよね、大概」
ディートハルトの姿を確認するなり、朝比奈がボソリと呟いた。
「なんとでも。‥‥しかし、これは?ゼロの表の顔が人形屋だとでも?」
ディートハルトは開き直り、室内を見渡しながら問いかける。
扇と朝比奈は顔を見合わせ、「人形屋‥‥?」と同時に呟く。
改めて室内に並ぶ人形を見回せば、八割がた綺麗になった人形の中に、まだ痛んだままの人形が見える。
どう見てもここで修繕しているとしか思えないし、その為の道具も材料も見られるので、そう思うのは確かに無理はないかもしれないと思う。
実際、最初に箱から出て来た時の惨状を知っているだけに、扇も朝比奈も思わず頷きそうになってしまった。
「今問題なのは、ゼロの表の姿ではないはずだな?ディートハルト。何故入った?」
藤堂がディートハルトに向かって冷たく言い放つ。
「隙が有れば突入する。それがジャーナリストですから」
笑って答えるディートハルトは全く悪びれない、どころか、隙を作る方が悪いと言わんばかりである。
「こやつ、ぬけぬけと。‥‥どうなさいますか、藤堂中佐」
仙波が忌々しげにディートハルトを睨みつけ、視線を藤堂に向けてから問いかける。
「‥‥口を閉ざす気があるなら、不問にしても良い」
藤堂の言葉に、ディートハルトを含めた一同が驚きの顔で藤堂を見た。
「藤堂さん?‥‥一体どうして‥‥」
朝比奈が訝しげに問いかけるが、藤堂の視線はディートハルトに固定されたまま返事がない。
「‥‥‥‥良いですよ。ゼロに黙っていてくださると言うのならば、沈黙を守っても良いですが、何故?」
「その言葉、忘れるなよ。‥‥少なくとも二日。ゼロが来ない。順序は逆になるが、ディートハルトの侵入のせいにする」
「‥‥って待って下さい。それは‥‥」
藤堂の言葉に、ディートハルトは慌てる。
そんな事になれば、女性陣からどんな目に遭わされるか、いやそれよりもそれでは絶対ゼロの耳にも入るではないか。
しかし、藤堂が直接ゼロの耳に入れないのであれば「黙っている事になるなぁ」‥‥と扇と四聖剣の三人はディートハルトの苦情を聞き流す。
「藤堂さん?ゼロに何か有ったのか?それに少なくともって‥‥」
扇はディートハルトの慌て振りを無視して、こちらも慌てて藤堂に尋ねる。
「‥‥わからん。C.C.は他には『表でトラブル』としか言わず、そのまま駆け去って行った。後を追ったが見失ってしまったし‥‥」
「あ、それであんなところで立ち尽くしてたんですね、藤堂さん。‥‥でも、あそこ、行き止まりでしたよね?」
「てか、二日もゼロいなくて良いのか?三月入っちまうぞ?」
「だから『トラブル』なんでしょ?卜部さん。‥‥とりあえず幹部だけで良いですか?藤堂さん。ゼロの不在はディートハルトの所業が原因って伝えるのは」
「ですから、待って下さいと申し上げているでしょう」
「‥‥あぁそうだな。頼む」
「判りました~。行きましょう、仙波さん、卜部さん」
ディートハルトの声は無視して、会話を成立させると、朝比奈は仙波と卜部を連れて外に出て行った。
「‥‥えーっと。ホントに良かったのか?ディートハルトの事‥‥」
扇は躊躇いがちに、流石にどうかなと藤堂に尋ねる。
「流石に、ゼロの不在の原因にはなりたくないのですが」
「しかし、先に言ってあったはずだな。除外リストの誰か一人でも入ればゼロが表に戻るという事は。前後していても内容は変わらないだろう」
ディートハルトの苦情を一蹴する藤堂はかなり機嫌が悪いらしい。
「ですが‥‥」
「‥‥責められるのが嫌なら、謹慎を喰らったとでも言って、留守にしているか?‥‥情報は流して貰わなければ困るが」
それでも食い下がる相手に対して、溜息を零した藤堂の提案に、ディートハルトは飛び乗った。
「ではそうしましょう。‥‥ほとぼりが冷める‥‥頃合いは何時頃でしょう?」
「3月5日か6日くらい、かな?」
「そうだな。そのくらいまで来るな」
扇と藤堂は顔を見合せてそう応じた。
ディートハルトがひな祭りを知らないのならば、知らないままでいた方が、周囲の、ひいては日本の為のような気がしたからだ。
その日、幹部に対し、ゼロの数日の不在が告げられ、その原因として挙げられたディートハルトもまた姿を消していた。
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作成 2008.02.25
アップ 2008.02.29
藤堂はふと作業の手を止めて、窓の外に視線を向けた。
外は既に茜色に染まって暫く経っている。
俗に言う夕方だし、もう少しすれば、夕日が沈んで夜が来るだろう。
しかし今日はまだゼロが来ていない。
あの日以来、ゼロは言った通り、早い時には昼休憩が終わり午後の作業を始めて暫くくらいには着いていた。
遅い時にでも、空が茜色に染まり、夕日が地平線にかかる前にはやって来ていたのだ。
視線を室内に戻すと、朝比奈と扇がやって来るのが見えた。
「藤堂さん。ゼロ、まだ来ませんよ。どうしたんでしょうね」
朝比奈が声を落として尋ねる。
「‥‥わからん。‥‥日が沈むまで待って、それでも来なければ、連絡を入れてみた方が良いかもしれないな」
藤堂は難しい顔をして応じる。
ゼロならば、不測の事態が起きれば、連絡してくるくらいしそうなだけに、余計に不安になるのだろう。
「わかった。‥‥後一時間経ってまだ来ないようなら連絡してみる」
扇も真剣な表情で頷いた。
しかし、事はそれ程簡単な事ではなかったのだ。
結局ゼロは日が沈みきっても姿を現さず、時間になった為に連絡を入れてみた扇は繋がらないままコールを切る羽目になったのだ。
藤堂はゼロの私室を訪れ、ノックする。
いないかも知れないとも思ったが、暫く待った後、扉が開いてC.C.が顔を出した。
「どうした?藤堂。‥‥アイツならいないぞ?」
「知っている。まだ来ていない。‥‥連絡すら取れないのだが、‥‥連絡手段は有るだろうか?」
藤堂の言葉に目を細めたC.C.は、「なんだってわたしが‥‥」と言いながら取り出した携帯でコールを掛けた。
携帯を耳にあてたまま、C.C.は眉を寄せると、空いた片手で藤堂に待てと示すと、部屋に入って行った。
藤堂は扉にロックがかかる音を聞きながら、眉間に皺が寄るのを感じていた。
待つ事しばし、‥‥いやかなり。
出て来たC.C.は藤堂を無視して通り過ぎようとした。
「待て、C.C.。どこへ行く?」
慌てた藤堂が声を掛ける。
「どけ。‥‥あぁ。そう言えば、アイツの事を聞いていたか‥‥。そうだな、二日程来れない。表でトラブルだ」
足を止めて藤堂を振り返ったC.C.は、再び足早に歩き出した。
渋面を張り付けた藤堂が後を追う。
「待て。連絡がついたのならば、それをみんなに」
「本人は出なかった。‥‥だから言ったろう?トラブルだと。急いでいるのだ。ここは任せる」
言うなり、C.C.は走り出した。
納得していない藤堂は、少し遅れて後を追いかけた。
アジト内で走ったところを見た事のない、いつものんびりと構えているC.C.が走る姿に驚いた団員は茫然と少女を見送った。
しかし、その後をやはりアジト内で走ったところを見た事のない、どっしりと構えている事の多い藤堂が追いかけて行ったとなると話は別だった。
ゼロについて聞きに行っていた事を知っている朝比奈と扇は驚いたが、ゼロに関する事で何か有ったのだと悟り、即座に藤堂の後を追いかける。
朝比奈までついて行った事に更に驚いた残りの四聖剣が続く。
更に遅れて残りの幹部が続き、果ては平の団員までがわけもわからず後を追う始末だった。
ラクシャータは一人、遠目にそれをのんびりと見ていた。
しかし、平の団員は格納庫の入口で止まってしまう。
入口を出たすぐのところで、元扇グループだった幹部達(-扇)が立ち止まっていたからである。
元扇グループの幹部達もまた最初の角で四聖剣(-朝比奈)が止まっているのを見て立ち止ったのだが。
更に言えば、四聖剣の三人もまたまた、その先で朝比奈と扇が戸惑った様子で立ち呆けているのを目にして止まってしまったのだ。
「朝比奈。‥‥それに扇さんも。‥‥一体何が有ったんだ?」
いつまでも茫然と見ているわけにもいかず、暫くの後、気を取り直した千葉が二人に近づきながら声を出す。
その声にやっと気づいたのか、朝比奈と扇が驚いたように千葉を振り返る。
千葉の後ろに仙波と卜部が、更にその後ろに玉城や井上達が、ぞろぞろと顔を見せ始めていた事に、二人は驚いた。
「扇さん。みんなを戻さないと、騒ぎが大きくなったら見つからないとも限らないし」
「‥‥そ、そうだな。‥‥ここは、‥‥任せて良いかな?」
「はい‥‥。そっちは頼みます」
どちらもが引き攣った表情で言い合い、扇は四聖剣の横を通り過ぎながら、「お前等良いからアジト内に戻れ」と他の幹部と平団員に声をかけた。
最後に玉城が文句を言いながらもアジト内に消えると、その辺りはシンと静まり返った。
「それで?朝比奈。藤堂中佐は何処に?」
ゆっくりと朝比奈に近づいた仙波が、有無を言わさぬ迫力で訊ねる。
「‥‥そこの路地‥‥です。‥‥えーっと、立ち尽くしている、と言うか‥‥」
朝比奈は困惑気味に先程まで扇と一緒に見ていた路地を指し示しながら応じた。
「中佐はC.C.を追っていたはず。C.C.もそこに?」
千葉が訝しげな表情で更に問いかける。
「いや‥‥いたら、藤堂さんだって立ち尽くしてたりなんてしませんって」
朝比奈が首を振って応じた時、バタバタと駆け寄る足音が近づいて来て、団員が一人顔を出した。
「朝比奈さんッ。扇さんがすぐに戻ってくれって。‥‥ディートハルトさんが第二会議室に入ったって」
「げッ‥‥。こんな時にッ。‥‥藤堂さんッ、聞こえましたか~。大変ですから、戻りましょう」
小さな声で呻いた朝比奈は路地に向かって声を投げた。
「入ったのはディートハルトだけか?」
路地から出て来た藤堂が、団員に掛けた声は、かなり低かった。
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作成 2008.02.24
アップ 2008.02.28
その日から、第二会議室の前に、いや入口を臨む少し離れた位置に、歩哨が立つ事になった。
元より幹部しか入れない部屋だが、今回一時的に女性幹部を締め出す事になったからだ。
扇達も、まさか首の取れたひな人形や修繕の要するそれを、女性に見せたいとは思わない。
カレンなど少しかわいそうと思わないでもなかったが、ここは心を鬼にしようと決めたのだ。
ちなみに、玉城とディートハルトも除外リストに載っている。
玉城は「けッ」と言っただで以降近寄ろうとはしなかったが、ディートハルトは違った。
「何故わたしまで入れないのですか?」
声が刺々しいのは、告げたのがゼロではなかったからである。
扇と朝比奈は同じ思いで顔を見合わせた。
「決まってるじゃないですか!ゼロの仕事の邪魔になる可能性が高いからです!」
朝比奈がこちらも怒ったように言い返した。
「なッ‥‥わたしがゼロの邪魔をするハズがないでしょう」
「まあ今回は諦めてくれないか?ディートハルト」
扇が下手に出ながら言い聞かせる。
「リストに載ってる誰か一人でも中に入ったら、ゼロ表に戻るッて言ってるんですから。そーなったらおれ達だって仕事にならなくなるんですからね」
朝比奈が「だから退くつもりはない」と言い切った。
「‥‥アレだけ仕事を振ってもまだ手持ちがそれ程?」
朝比奈の言葉にディートハルトが不意に真面目な表情になって尋ねた。
「あー‥‥今は表も何かと忙しいらしいんだ。本来なら少しでも時間が空いたら表に戻りたいらしいんだけど、移動に割く時間が無駄だからッて‥‥」
「‥‥‥‥でしたらゼロは現在、表の仕事を?」
キラリンと、ディートハルトの瞳が怪しく光るのを、朝比奈と扇は確かに目にした。
「「‥‥‥‥‥‥」」
二人は素早く視線を交わし、同じ思いなのを確かめる。
この先、この男だけは徹底的に排除しよう、と。
「ノーコメント。仕事まだあるんじゃないですか?さっき回しましたよね?それともまだ要りますか?」
朝比奈が事務的な声で矢継ぎ早にディートハルトに切り返した。
「‥‥わかりました。今は大人しく引き下がります、が。‥‥また来ますから」
「来なくて良いって。質問はおれか扇さんか藤堂さんにする事。ゼロに直接質問したいなら、アジトに来た直後、くらいしかないからね」
立ち去ろうとするディートハルトの背中に向かって朝比奈がそう声を投げた。
「カレン。ホントに知らないの?第二(会議室)の秘密」
井上がカレンに声を掛ける。
場所はトレーラーの一階で、同席するのは女性幹部だけだ。
「はい。‥‥ゼロが持って来た私物を置いてあるってくらいしか‥‥」
「私物ねぇ?玉城が壊したって言うあれ?」
井上に強引に引っ張って来られたラクシャータは気のない相槌を打つ。
「はい、それです。‥‥あのゼロが、暫く固まったくらいショックを受けてたから‥‥とても気になるんですけど‥‥」
「扇さん達はなんて?」
井上がカレンに問いかける。
「教えてくれません。『時が来るのを待て』としか‥‥」
項垂れるカレンを他所に、井上は今度はやっぱりラクシャータ同様、強引に連れて来た千葉を見て問う。
「藤堂さんと朝比奈さんは?他の四聖剣の人とかも入ってるんですよね?彼等は?」
「中佐も朝比奈も何も言わないな。‥‥仙波さんと卜部さんも教えてくれそうにない」
千葉は首を振って答えた。
「ん?なんの集まりだ?女ばっかり固まって」
その時C.C.の声が聞こえ振り向くと丁度二階から降りて来るところだった。
「C.C.。ゼロが持ち込んだ私物が何か、知らない?第二会議室に置いてあるんだけど」
カレンが訊ね、他の三人と一緒になってC.C.を見る。
「‥‥‥‥。ん?あぁ、あれか。あれは出来上がりが楽しみだぞ。アイツは中々に器用だからな」
一瞬首を傾げたC.C.だったが、思い当たった後は、珍しく純粋に楽しそうな笑みを見せて言った。
「‥‥出来上がりが‥‥とは、それまでは楽しくないのか?」
「当り前だろう?あんなの、わたしはゴメンだな。完成品を見るだけの方が楽しいに決まってる」
千葉の疑問にも、C.C.はキッパリと肯定した後、「他に質問がないなら行くぞ」と言ってそのまま出て行ってしまった。
「‥‥わたしは、許可が下りるまで待つ事にするよ。‥‥元からそのつもりだったが」
千葉がカレンを見ながら言った。
「そーねぇ。興味なかったんだけど、完成品とやらはみたいかもねぇ」
ラクシャータはそう言いながらもやはり気のない調子だ。
「あそこまでキッパリ言われちゃったら仕方ないか。カレンはどうするの?」
井上も降参して天井を見た後、カレンに問いかけた。
「‥‥‥‥‥‥。待ちます」
暫くの沈黙の後、カレンはそう応じた。
「助かったよ、C.C.」
「朝比奈、か。‥‥ピザ5枚、忘れるなよ」
「もっちろん。ちゃんと献上するよ。‥‥けどさ。C.C.のあれ、本心だったの?」
「当り前だろう?あんなもの、途中経過を誰が見たがるんだ?」
「いや、まぁ、そーだけど。‥‥てか、良く知ってたね」
「‥‥まぁ、この地もそれなりに長いからな。もう行く。ピザは忘れるな」
「はーい。ばいばい、C.C.」
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作成 2008.02.23
アップ 2008.02.27
第二会議室へと移動したのは、箱を持った藤堂を先頭に、朝比奈と扇、そしてゼロの4人。
藤堂は会議机の上にそっと箱を置くと、少し下がり、代わりにゼロが箱に近づいた。
そして無造作に躊躇いなく箱を開けたゼロは、中身をそっと取り出して机の上に並べて行く。
「‥‥‥‥‥‥これって‥‥ひな人形?」
扇が唖然として呟いた。
「そうだ。知人から『かなり傷んでいるが』との注釈つきで譲られてきた。忙しくて修繕する時間が余り取れなくてな。仕方なく持って来たんだ」
ゼロは動じた様子もなく事情を説明した。
「修繕する時間って、自分でするのか?」
「当り前だろう?今は職人もほとんど姿を消しているからな。‥‥これか、壊れたのは‥‥」
そう言うゼロの手には、首と胴が泣き別れになった人形が一つ。
「まぁ、確かにこんな状態のを女性に見せるのはどうかと、おれも思いますね。‥‥ところで、ゼロ。おひな様が二人いる気がするんですけど?」
朝比奈が箱を覗きながら訊ねる。
「二組あるからな。本当は三組有ったんだが、流石にそれは無理だと思って一組はそのまま友人に流した」
ゼロは人形を見る為に俯いたまま、それでも問いには律儀に答えている。
「‥‥どうしたんですか?藤堂さん。さっきから難しい顔してますけど」
朝比奈の言葉に、扇などは「藤堂さんはいつも難しい顔してるだろう?」と思うのだが、見る人が見れば違うらしい。
「‥‥いや。‥‥先程は『手を貸す』‥‥と言ったが、流石にこれは‥‥」
「あ、確かに。小物とかならともかく、人形自体はどうすれば良いのか。ゼロ、ホントに修繕出来るんですか?」
言い淀む藤堂の言葉に、朝比奈も頷く。
扇も他人事ではないながら、思わず人形の修繕をしている藤堂を思い浮かべてしまい笑いを堪えた。
「あぁ。少々手間だが、この程度なら綺麗に直るだろう」
何でもない事のように言うゼロに、三人とも「器用だな‥‥」と思う。
「な、なぁ、ゼロ。‥‥騎士団での仕事を引き受けるから、それで良いだろうか?」
扇もダメだと思ったのだろう、そう提案した。
「‥‥そうだな。ゼロでなければならない事が有れば、ここに聞きに来よう」
「そうですね。すぐ聞けるところにいてくれるだけで随分と助かるし、なんとかなるかな?」
藤堂と朝比奈も扇の提案に賛同した。
「‥‥‥‥。助かる」
ゼロは三人を見渡してからソッポを向くと、ポツリと呟くように言った‥‥ッて、まさかテレたのか!?
「‥‥ッあ、じゃあ早速だけど、ゼロ。仕事持ってるやつでおれ達に出来そうなの、回しなよ」
人形を扱うゼロよりも珍しいモノを見た気になった朝比奈が、慌ててそう尋ねた。
ゼロは持っていた壊れた人形を一旦机に置いた後、箱の中からファイルケースを取り出した。
「こっちが軍事用、作戦概要や訓練メニュー、行動予定ルートなど。これは騎士団の運営、キョウトや他のグループとの連携などに関する情報。‥‥後は、」
それぞれがかなりの枚数をまとめてある、書類を机の上に置きながらゼロは大まかな概略を説明する。
「ち、ちょっと待った、ゼロ。その書類、それぞれ凄いんだけど。一体どれだけ仕事抱えてたのさ」
「さぁ、思いつく限りだが。これでもリーダーだからな。全体もそれぞれの要点も詳細も把握しておく必要がある。目が届かないところから腐敗は始まるモノだ」
速攻でゼロの言葉を止めた朝比奈に、やっぱりゼロは淡々と説明する。
「えっと、こっちが藤堂さんで、こっちは扇さんっと。じゃ、続けて」
「これは今後の大まかな予定表‥‥見込みや展望も含まれているが。後は物資の補給計画とその概算、ナイトメアフレーム関連と、入団希望リスト‥‥だな」
「‥‥予定表はおれと藤堂さんも見た方が良いな。ナイトメア関連はラクシャータに回しておこう。入団希望リストはおれが先に目を通しておくで良いかな?」
「じゃあおれは物資の補給計画?四聖剣とー‥‥。杉山さんとか南さんに手伝って貰っても良いよね、扇さん?」
「‥‥‥‥‥‥。言っておくが、どれもまだ煮詰まっていないからな。下の者に開示する時には気をつけてくれ」
3人がそれなりに張り切って分担しようとしているのを見て、ゼロは注意点としてそれだけを口にした。
「承知した。‥‥それで、ゼロは当分表には戻らないのか?」
藤堂が書類を受け取りながら、要点を確認する。
「‥‥そうだな‥‥。夜はいつも通りの時間に戻る事になるだろう。来るのが‥‥早くなる。昼下がりから遅くとも夕方くらいには着けるだろう」
ゼロは予定を思い浮かべながら、そう告げる。
「ならば来た後、一時間程、報告と指示に時間を割いてくれ。後は随時、と言う事でどうだろうか?」
「あぁ。それで良い。‥‥すまないな、藤堂。それに扇、朝比奈。‥‥世話を掛ける」
「たまには良いさ」
藤堂は珍しく笑って応じる。
「ですよね。もうずっと、ひな壇も、鯉のぼりも見てないんですから。ここにも飾るんですよね?ゼロ」
朝比奈もまた楽しそうにそう言って、まだ痛んだままの人形に目をやった。
「あぁ、カレンにも言ったからな。‥‥一つはここに飾ろうと思う」
「あれ?ゼロ。二組とも別のところに飾る予定が有ったんじゃないのか?」
「最初はその予定だったのだが、一組譲った先が、その内の一つに飾る!と張り切っていたから任せる事にした」
首を傾げる扇に応えたゼロは、「それもあって持って来たんだ」と言った。
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作成 2008.02.21
アップ 2008.02.26
二月の下旬。
いつものように騎士団のアジトに顔を見せたリーダーのゼロは両手でかなり大きな箱を抱えていた。
下っ端の団員は、好奇心に満ちた視線を向けたものの、声をかけられないまま見送った。
その後、幹部だけがいる場所をゼロが通りかかった時、玉城が行く手に立ち塞がった。
その場には他に扇とカレン、藤堂と朝比奈がいる。
「‥‥‥‥邪魔だ」
立ち止まらざるを得なかったゼロは不機嫌そうに言う。
「それ、なんだ?」
玉城はゼロの抱える箱を指して尋ねる。
「‥‥何故教えなければならない?」
ゼロの声に、不機嫌に訝しさも加わったようだ。
「‥‥んと。‥‥‥‥もしかして、私物?」
朝比奈が「まさかねぇ」と思いながら尋ねると、ゼロはあっさり頷いた。
「時間的都合上を考慮した結果だ。空き時間が多少取れても表に戻る程はない状況が、しばらく続きそうなんでな」
移動時間が勿体ないとゼロは言う。
「‥‥じゃあ、着替え‥‥とかか?」
扇が躊躇いがちに尋ねる。
「いや?それは既に用意している。今までだって泊まった事は何度もあるだろう?」
「‥‥抱え難そうだから運んでやるよ」
何を思ったのか、いきなり玉城はそういうと、ゼロの持つ箱に手を伸ばした。
「よせッ」
咄嗟にゼロは後ろに引いてその手を避けた。
避けられた事で玉城はムキになった。
「ちょッ‥‥玉城!いい加減にしときなさいよ」
避けるゼロに更に手を伸ばす玉城にカレンが声を掛ける。
「乱暴に扱いそうな奴に持たせる気はない。中に入っているのは壊れ物ッ‥‥!」
言葉を重ねなからも玉城の手を避けていたゼロは、それでも箱を奪われるようにして取り上げられ、更には勢い余って箱ごと倒れた玉城に言葉をなくした。
玉城の呻き声と箱の中で何かのぶつかる音に、一同固まった。
「‥‥‥‥あちゃー。もしかして、壊れた?」
朝比奈の渇いた声が虚しく響く。
我に返った藤堂が未だ倒れたままの玉城から箱を持ち上げた。
向きを正位置にそっと戻す間にもカチャカチャと音が聞こえ、藤堂は眉を寄せた。
カレンはゼロが固まったままなのを気にしている。
「ゼロ。ここで中を確認してみるか?」
藤堂は箱を持ったままゼロに声をかけた。
「‥‥‥‥ここで、だと?」
ギギギィ‥‥とゼロの仮面の正面が玉城から藤堂に移動する。
そのロボットのような動きに玉城は背中を伝う冷たいモノを感じた。
そんな動きで見られた藤堂もまた一瞬固まった。
「‥‥ゼロ。表の事でも、手伝える事なら手を貸す。だから無理はするな。というかしないで欲しい」
気を取り直してそう言った藤堂は、それなりに重い箱を側の机の上に置いた。
藤堂はこれをゼロが一人でこのアジトまで運んで来たのかと思うと、彼の体力のなさは周知の事実なので驚いていた。
玉城が足止めした事でゼロが不機嫌になったのは、荷物の重さにも一因があるに違いないと藤堂は思う。
ゼロが藤堂の言葉に一同(当然ながら玉城は除く)を見返すと、それぞれがしっかりと肯いた。
「そうか‥‥。カレン」
「はい、ゼロ」
真っ先に呼ばれたカレンは、喜んで返事をする。
「女性団員に『当面第二会議室への入室を禁じる』と伝えて来てくれ」
元から第三までは幹部しか入れない為、該当者はカレン、井上、千葉にラクシャータだけだ。
意味がわからずカレンは戸惑った表情で固まる。
「藤堂、この箱は第二に運んでくれ。‥‥そこで壊れ具合を確認する」
上体を起こして床に座り込んだ姿勢のままゼロを見た玉城が、「へっ」と笑う。
「なんだぁ?ゼロ。その中身、女に見られたくないもんなのかぁ?」
締め出しを喰らった事と、玉城の言葉に、カレンはショックを受けた。
「貴様も入るな、玉城。‥‥これ以上壊されたくはないからな」
キッパリ冷やかに言い切るゼロは、カレンがまだ残っている事に気づいた。
「‥‥どうした?カレン。‥‥四人の場所がわからないか?ラクシャータと千葉は格納庫にいるはずだし、井上は」
「そうじゃないです、ゼロッ。‥‥あの、‥‥その箱の中身は‥‥わたし達には教えてくれないのですか?」
見当違いな事を言うゼロの言葉を遮って、カレンは決死の覚悟で訊ねていた。
「‥‥そうではない。‥‥いや、壊れていたり、出来あがっていない物を見せる気にはならないだけだ。‥‥そうだな、出来たら見せよう」
カレンはゼロの言葉に、玉城が言ったような事ではないと察して、ホッと息を吐いた。
「わかりました、ゼロ。それまで待っています。‥‥じゃあ、伝えてきますね。‥‥あれ?四人って‥‥?」
カレンはそう応じて、立ち去り掛けたが、ゼロの言葉に引っかかりを覚えて聞き返した。
「ここにいないのは、井上とラクシャータ、千葉さんと‥‥?」
扇が指折り数えて名を挙げるが、四人目が出て来ず首を傾げる。
「‥‥C.C.だ」
ゼロは少しの間を置いてから、ボソリと答える。
「‥‥‥‥C.C.ね‥‥。わ、‥‥わかったわ」
カレンは「確かに、あの人だけ入るなんて許さないわ」と内心で思って頷くと、よろよろと出ていく。
とある件に関してのみ、カレンとC.C.は仲が悪い事を、ゼロだけは知らないので、その様子を不思議そうに見ていた。
藤堂はカレンの背中を見送った後、再び箱を抱えると第二会議室に向かって歩いて行った。
その後ろを朝比奈が追いかけ、中身が気になる扇が続く。
ゼロは立ち上がる玉城に「貴様は来るなよ」ともう一度念を押してから、後に続いた。
───────────
作成 2008.02.20
アップ 2008.02.25
ピルルルルー
受信音が鳴り、ゼロが携帯を取り出す。
「表だ。暫く黙っていてくれ」
ゼロは言い、手を伸ばしてから通話ボタンを押した。
『ルルルルルルルル~~。今どどどどこにいいいいるんだぁあ~~』
裏返りまくった声がスピーカーにしているわけでもないのに、藤堂の耳にも入って来た。
「‥‥リヴァルか。‥‥人の鼓膜を破る気か?少しはトーンを落としてくれ」
『あれは一体、どーいうことだよ、ルルーシュ。何で担任が、担任が勝手にお前達が転校したなんて言うんだぞ~~。どーなってるんだ?』
「やむを得ない事情が‥‥」
『なんだよ、それは。ミレイ会長も留守だし、なんだってこんなタイミングで居なくなるんだ?スザクも来ないし、カレンさんも休みだし‥‥』
「本国に戻るんだ。‥‥ていうより戻されると言うか‥‥とにかくもう時間がないんだ。会長にはすまないと謝っておいてくれないか」
『なんだよ、それは。おれには一言もないってのか~?』
「悪いなリヴァル。出来るだけ早くケリをつけて、また戻れるように努力はするつもりだ」
『‥‥ルル、いつから知っていたんだ?いつから黙ってた?』
「一昨日、だ。‥‥おれもいきなりの話だったから、ナナリーの説得と、心の準備だけで手一杯だったんだ‥‥。すまないなリヴァル」
『ぅ‥‥。そ、それなら、仕方がないけど‥‥。その、他のみんなには‥‥』
「会長には連絡を入れるよ。‥‥他は落ち着いてから、連絡しようと思う。‥‥だから」
『わーった。なら、おれは納得したし、戻ってくるの待ってるからさ。ちゃんと連絡してやれよ。‥‥あ、おれにもまた連絡くれ』
「わかった。‥‥じゃあな、リヴァル」
結局ゼロは腕を伸ばしたまま会話をしていて、藤堂は相手の声まで拾う羽目になった。
ゼロは通話を切ってから、溜息を吐き、藤堂を見る。
「‥‥もう一本、電話を入れる」
と断ってからコールする。
「会長、おれです」
ゼロの声に、藤堂は相手がミレイ・アッシュフォード、つまり騎士団に来ている人物である事に気づいた。
「いえ、経過報告をと思いまして‥‥。キョウトとは話がつきました。三日後、黒の騎士団を護衛につけてくれるそうです。合流の手はずを」
今度は相手の声は聞こえてこず、藤堂は黙ってゼロの言葉を聞いているだけだ。
「‥‥そうですか。流石ですね、仕事が早い。ではまた連絡を入れます」
既に合流を果たしている事に、彼等を褒めたのか、騎士団を褒めたのか、それとも桐原の行動を褒めたのか。
「‥‥リヴァルからならおれも連絡を貰いましたよ、先程。‥‥でも、仕方が無いですし‥‥お小言なら後で幾らでも。では会長、頼みます」
通話を切るとゼロは再び溜息を吐いた。
「‥‥ゼロとは別に、行動をおこしているルルーシュ・ランペルージを演じているのか?」
「そうだ。ミレイとロイドには悪いが‥‥」
「それで良いのか?騎士にとまで望んでいたのならば、希望が断たれれば後を追うかも知れないのだろう?」
「ミレイも、ロイドも‥‥おれを裏切らないだろう‥‥そう思っている一方で、裏切られるかも知れないと恐れているおれが存在している」
「‥‥それは、‥‥おれや、紅月に対しても、か?」
「カレンは‥‥ゼロにはついてくるだろうが、ルルーシュの事は嫌っているからな。バレれば離れていくだろう。‥‥お前は‥‥」
カレンがルルーシュを嫌っていると聞いて驚いた藤堂だったが、藤堂自身への評価が気になってスルーする。
「お前は一度口にした事は、違えないだろうとは思っている。‥‥だが‥‥」
言い淀んだゼロは、フッと自嘲気味に笑う。
「これではトラウマだな。信じても、いや、信じた先から裏切られていく‥‥。望んだものはおれの手からすり抜けていく‥‥」
それは、信じた相手の裏切りが有ったからであり、その事が深くゼロの心に傷を作っているのだ。
「では何度でも誓おう。おれは君を。ゼロを、ルルーシュを、裏切らない。傍にいて支えたいと思う」
藤堂は真摯な表情で告げる。
「‥‥すまないな。疑り深くて」
「構わない。‥‥だが、君の騎士にと願っている三人に、君の死に絶望させないであげてくれ。彼等だけにでも真実を」
「カレンはおれの正体をまだ知らないからな。‥‥時間はないが‥‥考えておこう。‥‥ありがとう、藤堂」
ゼロは、苦笑でカレンを評し、それから思案気に応じてから、照れたのかソッポを向いて礼を言った。
「‥‥そういえば、何故、おれには話してくれているのだ?」
「誰か一人くらいは知っておいて欲しい、と思ったせいだろう。藤堂には四聖剣の説得を頼むつもりだったしな。どうやら必要なくなったようだが」
「あまりいじめないでやってくれ。奴等は奴等なりに懸命だ」
藤堂は悔しそうにしていた四聖剣を思い出して庇う。
「知っている。‥‥あれらはお前から離れないだろう?離す気もないしな」
さらりとゼロは肯定していた。
「では何故。かなり憤っていたぞ」
藤堂は訝しげに顔を顰めて見せた。
「‥‥まぁ、当然だろうな。おれが‥‥。わたしが四聖剣の言葉を疑ったとでも取ったのだろう」
ゼロは、一人称が変わっていた事に、今更気づいたのか途中で言いなおす。
「おれを助ける、見返り、か?」
「そうだ。‥‥だが、わたしは嫌々従わせるつもりは微塵もない。四聖剣を藤堂から引き離すつもりも。だから再度訊ねた。‥‥仙波には悪い事をしたようだが」
「おれは奴を知っているからな。‥‥ゼロ、礼を言う。それと、あの時は試すような事を言ってすまなかった」
苦笑を洩らすゼロに、同じく苦笑を浮かべて藤堂は応じ、それから笑みを引っ込めてから詫びる。
「気にしていない。‥‥そうそう、四聖剣には、キョウトまでのルートについて話していたとでも言っておいてくれ。詳細はここに」
ゼロはそう言うと一枚のファイルを藤堂に差し出し、藤堂はそれを受け取った。
「一読後、質問がないようならば、出発までに四聖剣に指示を。ナイトメアフレームは月下四機とサザーランド一機を予定している」
「サザーランド?それは誰が乗るのだ?」
「‥‥その気が有るならロイドが乗るだろう。‥‥まぁ余程の事でもなければその気にはならないだろうが。ミレイと咲世子さんも乗れるはずだし」
ゼロは当然のようにスラスラと言ってしまうが、藤堂は驚く。
「‥‥咲世子と言う日本人については聞いていなかったが‥‥?」
「あぁ。咲世子さんにはナナリーの世話をしてもらっている。ナナリーが騎士にするかどうかを検討していると言っていた」
「ディートハルトのスパイモドキなのだろう?」
スパイモドキに大事な妹を預けるのか、と藤堂は驚きと訝しみを持って訊ねる。
「表向きは、な。‥‥だが、真実探られて痛い腹は報告していない。‥‥ランペルージの素性とか、はな。あれは他の侵入を防ぐ防波堤でもある」
「‥‥二重スパイと言うわけか?」
「そうなるな。流石にそうでもなければ、ディートハルトまで関わりがあるとは気づけまい。全く油断も隙もない連中が多すぎるからな」
ゼロはそう応じてから、再び人差し指を口元へ持って行った。
「失礼しま~す。藤堂さん、ラクシャータが月下の調整をしたいから呼んで来いって言ってます」
藤堂がゼロを見ると頷くので立ち上がって扉に向かう。
藤堂が扉を開けるのを見計らってゼロが声をかける。
「では藤堂、後は任せる」
「わかった。ゼロも気をつけてくれ」
藤堂はそう返すと扉を閉めて朝比奈と共に格納庫へと向かっていった。
一人になったゼロは、仮面を外すと再び携帯を取り出す。
暫く携帯を見つめた後、コールする。
『は~い。どなたですか~?』
「‥‥ロイド。今、何処だ?」
『ちょ、‥‥ちょっと待ってくださいね~、我が君』
珍しく慌てた声の後、移動しているらしい音が聞こえる。
『助かりました~。もう少し遅かったら仕事場に着く所でしたよ~。‥‥やっと声が聞けた~』
「‥‥泣いているのか?」
ルルーシュは驚いた様子で訊ねる。
『ずっと待っていたんですよ~、ぼくはー。貴方が亡くなったと、そう聞かされた時から。‥‥何度後を追おうと思った事か‥‥』
感極まって泣いている様子が電話越しでも察せられて、ルルーシュは居心地の悪い思いをする。
「‥‥それはおれを責めているのか?不甲斐無い相手を選んでしまったと?」
『違います、殿下。‥‥ただ、お守りできなかった我が身を情けなく思って‥‥』
とんでもないとばかりにロイドは慌てて否定する。
「‥‥ナナリーには会ったな?ならばおれの今の名前も分かっているな?」
『はい、ルルーシュ・ランペルージ、ですね?』
「‥‥‥‥。そうだ。数日中に訃報が耳に入るはずだと、事前に知らせておいてやる」
『なッ‥‥‥‥。一体ッ』
「知らずに聞かされれば後を追いかねないと言われたから、今の内に知らせておく。箱庭を出ただけでは、調査の手は緩まないだろうからな」
『そんな‥‥フリだけで諦めるような相手ではないことくらい、貴方ならお分かりのはず。‥‥まさか本当に』
「フリだけだ。‥‥精々盛大にニュースを騒がせてやる。そうすれば少しは諦めもつくだろう?」
ルルーシュは言って、計画を話し始めた。
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作成 2008.01.15
アップ 2008.02.24
ミレイは音量をいくつか下げる。
「リヴァル。いつも言ってるでしょう?電話口でそんなに叫ばないでって。‥‥それで?何が大変なの?」
学校内での口調のままミレイは冷静にリヴァルに訊ねる。
『落ち着いてる場合じゃないんですってばー。ルルが、転校したって担任がッ。あいつ、おれ達にも何の挨拶もなしでッ』
リヴァルのテンパッた言葉に、カレンは驚いてナナリーを見る。
「ルルちゃんが?‥‥とにかく落ち着いて。わたしはおじい様の用事で数日は戻れないのよ。戻ったらおじい様に詳しく聞くから、それまでは静かに待ってて」
『そんなに待てないって会長。だって、クラブハウスには』
「リヴァル。良いリヴァル。とにかく、今は騒がないように。生徒会の仕事は貴方とシャーリーとニーナに任せるから、わたしが戻るまでは」
『‥‥会長、もしかして理事長に何か聞いてたんじゃ‥‥』
「聞いてた事もあるけど、‥‥こんなに早くとは思わなかったと言うか‥‥。とにかく騒がないで。わたしも用事をさっさと終わらせて戻るから、ね?」
『‥‥わっかりました、会長。大人しく待ってますんで、さっさと戻ってきてください。じゃ、切ります』
何かを吹っ切るように明るく応じたリヴァルは電話をかけてきた直後には失っていた落ち着きを取り戻していた。
切れた電話を元に戻したミレイは、深々と溜息をついた。
「‥‥すみません、ミレイさん。ご迷惑をおかけしてしまって‥‥」
「あ、ナナちゃんのせいじゃないわよ。単にリヴァルの勢いに疲れただけだから」
申し訳なさそうに謝るナナリーに、ミレイは明るく応じる。
「‥‥てか、転校?って‥‥まさかホントに学園を出てきたの?」
「ルルちゃんとナナちゃんはね。‥‥カレン、学園で余計な事は言わないでちょうだいね?ややこしい事になると困るから。‥‥特に、」
「あーのーさー?なんか、隠してるっぽいね~?"カレンさん"、"ルルちゃん"て誰?」
朝比奈が割って入って訊ねる。
「‥‥生徒会のメンバーよ。わたしのクラスメイトの。さっきのリヴァルもだけど」
「それがさっき言ってた先行したっていうアイツ?」
「‥‥‥‥‥‥。そうよ。ナナちゃんの、」
渋々応じるカレンは、再び起こった受信音に言葉を途切れさせる。
再びミレイが携帯に視線を落とし、カレンが頷くのを待って通話ボタンを押した。
『会長、おれです』
電話の相手を推測できたカレンは、複雑な表情でミレイとナナリーを見比べる。
「どうしたの?何か有った?」
ミレイは少し焦った、強張った声音で訊ねていた。
『いえ、経過報告をと思いまして‥‥。キョウトとは話がつきました。三日後、黒の騎士団を護衛につけてくれるそうです。合流の手はずを』
言葉の内容に、ミレイと咲世子、カレンと仙波、朝比奈はそれぞれ顔を見合わせた後、電話をマジマジと見てしまう。
「あ、あのね、今、その、‥‥もう、黒の騎士団にいて‥‥。こっちでも話はついたわよ」
我に返ったミレイは慌てて返事を返す。
『‥‥そうですか。流石ですね、仕事が早い。ではまた連絡を入れます』
「あ、待った。今リヴァルから連絡が有って、転校の話、出たって怒ってたわ」
『‥‥リヴァルからならおれも連絡を貰いましたよ、先程。‥‥でも、仕方が無いですし‥‥』
「仕方がないで簡単に済ませないで欲しいのだけど?」
『お小言なら後で幾らでも。では会長、頼みます』
それを最後に通話が切れる。
「こらルル~。こっちの返事も聞きなさいよね~‥‥まったくもー」
切れた電話に向かって、ミレイは毒づいた。
「‥‥あのさー?桐原公と面識ありそうな"ルルちゃん"ってホント何者なんですかー?」
朝比奈が警戒しながら訊ねる。
「‥‥‥知らないわ。ルルちゃんがどういう人脈をどこで作ってるかなんて聞いてないもの」
ミレイが力なく首を振って応じる。
「"カレンさん"は?」
「わたしも知らないわ。けど、あいつは"日本人"を助けるのが趣味みたいだから‥‥その繋がりかも‥‥」
カレンはルルーシュが日本人を助ける現場を一度ならず見ており、不機嫌そうにそう応じた。
「日本人を助けるのが趣味?あのルルちゃんが?へー‥‥。結構斜に構えてたように思ったんだけど、そっかそっか~」
少々驚いたミレイだが、一人納得して嬉しそうに頷いていた。
軽くノックされ、扇が顔を出す。
「部屋、とりあえず準備は出来たぞ、カレン。これが鍵。任せても良いか?」
「ありがとう、扇さん」
「それと、四聖剣の人はラクシャータが呼んでる。調整したいから来てくれって」
「わかりましたー。行きましょう、仙波さん」
「じゃー、案内するからついて来て。ミレイ会長」
そうして、第二会議室は無人になった。
「‥‥どういうつもりだ?ゼロ」
ゼロの私室で、藤堂が訊ねる。
「別に。‥‥表のわたしを消そうとしているだけだが?」
「それは聞いた。‥‥そうではなくて、彼等に対する態度、だ」
藤堂は違うと首を振って聞きなおす。
「‥‥騎士団の活動に巻き込むつもりはないな。‥‥ルルーシュ・ランペルージは間もなく死亡する事になる」
ゼロの言葉に藤堂は気色ばむ。
「‥‥どういう事だ?」
「‥‥キョウトから、租界に入った辺りでルルーシュ・ランペルージは事故死する。‥‥暫くは身元不明だが、彼等がキョウトに着いた後、判明するだろう」
藤堂はこの部屋に入ってすぐにゼロの仮面を取るのだったと悔やむ。
仮面のせいでゼロがどんな表情で己の死を語っているのかがわからないのだ。
「妹君が悲しまれるぞ」
「神楽耶が慰めるだろう。‥‥と、言うより、あの子は兄の死を認めない、いや、信じないだろうな」
「何‥‥?」
訝しげに藤堂が訊ねるが、ゼロはスッと立てた人差し指を仮面の前に持ってくる。
そしてノック。
「‥‥なんだ?ディートハルト」
「先程、ロイド・アスプルンドが外に出ましたので、報告に上がりました」
「‥‥御苦労。奴は腐っても軍人だから問題ないだろう。連絡が有るまで放っておいて構わない」
扉越しに、ゼロとディートハルトのやり取りがおこなわれる。
「‥‥あの。『軍人だから問題ない』とは、何を指してのお言葉でしょうか?」
「単独でゲットーを歩いていても問題にはならない、という意味だ。日本人である篠崎咲世子も同様だな」
「‥‥それは、残る二人には護衛をつけると言う事ですか?」
「彼等も己の立場は分かっているだろうから、無暗に外に出たりはしないとは思うがな」
「‥‥‥‥。わかりました。失礼します、ゼロ」
その返事の後にディートハルトの気配が遠のいていった。
「‥‥あの子はおれの素性に気づいていたようだったからな。全く、いつから気付いていたんだか」
ゼロが自嘲気味に笑って、中断していた藤堂の問いに答えた。
「残りの三人と、君の関わりを尋ねても構わないか?」
無理に聞こうとは思わないがと、藤堂が訊ねてみると、ゼロはわりとすんなりと答えた。
「‥‥アッシュフォードは母の後見の家の者だ。‥‥今はおれ達を匿ってくれている。特にミレイからは騎士になりたいとまで言われていた」
「‥‥騎士に?‥‥少し雰囲気が合わないのだが‥‥」
「匿われるようになってからだな。それまで以上に明るく振る舞って、あいつはおれ達を元気づけようと必死になっている」
「悪いが強そうにも見えない」
「あれも相当な猫かぶりだからな。‥‥ロイドも、まだ母が健在だった頃、おれの騎士になりたいのだと言っていた。死んだと聞かされて尚諦めていないとは‥‥」
「それで連絡を取ったのか?」
「そうだな。‥‥まさかスザクの上司だとは思わなかったがな‥‥」
その名が出た事で藤堂はハッとする。
「匿われていた学園を去るのは、スザク君のせい、か?」
「あいつがユーフェミアの騎士になれば、あいつの周りにも調査の手は伸びるだろう。同じ学園、同じクラス、同じ生徒会‥‥必ずおれの所にまで辿り着くからな」
「‥‥それをスザク君には‥‥?」
「言ったさ。スザクが学園に転校してきて再会した時に。『おれはここに匿われている』と。‥‥スザクにはそれだけでは言葉が足りなかったようだがな」
匿われているとは、隠れて生活していると同義語だ。
目立つわけにはいかず、調査対象になるわけにもいかず、ブリタニアの公的な場所には出るわけにはいかず‥‥、それをスザクはわかっていなかったのだ。
「ロイドが戻ったのは、仕事でスザクを忙しくさせて学園へ暫く行かせないようにする為だろう。スザクは敵に回せばそれなりに厄介だからな」
「‥‥スザク君よりも、彼を信じているのか?」
スザクの邪魔をするというロイドを疑わないゼロに、藤堂は思わず訊ねていた。
「‥‥信じる、か。‥‥一番信じているのはナナリーだ、次いでC.C.か。‥‥それから藤堂、ロイド、ミレイ、‥‥カレンの順だな。後は仙波達四聖剣に扇、だな」
自嘲気味に笑ったゼロは、指折りどんどんと人を挙げていくが、いつまでたっても出てこない名前に、藤堂は再び驚いていた。
「スザク君を信じる事は、やめたのか?」
「あいつがどういうつもりだったのかは知らないが。‥‥ユフィの騎士になったからな。あいつが護るのはユフィだけだし、そうでなければならない」
「‥‥」
「‥‥騎士は主ただ一人だけを護る存在だ。スザクはユフィを選び、おれの敵であるブリタニア皇族に与した。道は完全に分たれている」
「‥‥‥‥君は、それで良いのか?」
「良いも何も、覆しようのない事実だ。‥‥もしスザクがユフィを裏切るのならば、おれはスザクを許さないだろう。そして他の騎士をも敵に回す事になる」
藤堂の躊躇いがちな問いかけに、ゼロはスッパリと言い切ったのだった。
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作成 2008.01.14
アップ 2008.02.23
「‥‥それで?三人を呼んだ件はわかりましたが、ゼロ。藤堂中佐とわし等四聖剣を呼んだ訳は一体‥‥?」
ロイドとラクシャータの舌戦の余韻が冷めた頃、仙波がゼロに尋ねた。
「キョウトまでの護衛を四聖剣に任せたい。返答は?」
ゼロの言葉に、四聖剣だけでなく護衛される側もまた驚く。
「ちょっ、‥‥ちょっと待ってゼロ。それは承服出来ないわ」
まっ先に口に出して異を唱えたのは、護衛される側のミレイだった。
「‥‥。理由を聞かせて貰っても良いか?納得出来れば変更も検討しよう」
「‥‥‥‥。何故ここにいるのかは知らないけど、元々は日本解放戦線にいた人達でしょう?その人達は」
ミレイがチラと四聖剣に視線を向けた後、躊躇いがちに告げる。
カレンが「あっ」と小さな呟きを上げた。
「んー?何か心当たりでもあるのかな?‥‥"カレンさん"?」
その呟きを聞きつけた朝比奈が、問いかける。
「‥‥あの、ミレイ会長は、解放戦線による河口湖のホテルジャック事件の時に‥‥人質の中にいたんです。それでだと‥‥」
カレンは朝比奈が今までの「紅月さん」ではなく「カレンさん」と呼んだ事に内心感謝しながらも控え目に応じた。
藤堂と四聖剣は、黒の騎士団に所属しながら、騎士団の制服ではなく、前から来ていた軍服を着用している為、区別がついたのだろう。
藤堂はチラとミレイに視線を向けただけで何も言わなかった。
四聖剣はバツが悪そうに互いに視線を見かわし、それでも拒絶された事に納得した。
五人とも、全くタッチしていなかったが、客分としてだとしても同じ組織にいたのは事実だからと、負の感情を向けられる事を甘んじて受け入れたのだ。
「なるほど、あの場所にいたのか。‥‥ならばわかるだろう?わたしが、あの連中と同じ者を招き入れるはずがない、と」
ゼロはミレイの言葉に納得したが、まるで藤堂と四聖剣を庇うかのような言い方をした。
ミレイは藤堂と四聖剣に向き直り、それからチラとロイドに視線を向けた。
「別にいーんじゃないかなぁ?護衛して貰う立場としては贅沢は言えないしぃ?無事に辿り着けるならぼくは全然構わないよ~」
ミレイの視線を受けたロイドは「あは~」と笑って応じた。
聞き様によっては、誰が護衛に着こうが変わりはないと、相手の腕を軽んじているようでもある。
「あのーゼロ。昨日今日入ったばかりのおれ達に対してそこまで言う、その根拠は何?以前からおれ達の事、知ってたんですか?」
朝比奈が過大評価気味のゼロの言葉に驚きながら訊ねる。
「『奇跡の藤堂』と四聖剣は有名だからな。ある程度の情報は自ずと入ってくるというもの。桐原公の信頼も篤いようだしな」
「‥‥もしかしておれ達に護衛の話が来たのも、桐原公からの‥‥ですか?」
「そうだ。桐原公が護衛には藤堂か四聖剣、或いは紅蓮弐式のパイロットと指名してきた。わたしは四聖剣が妥当と判断した。返答をまだ聞いていないが?」
「紅蓮弐式?‥‥もしかして、それ『赤いの』かな~?輻射波動を使うぅ?ラクシャータ」
聞きなれないナイトメアフレームの名前にロイドが首を傾げてラクシャータに問う。
「煩いわよ、少しは黙ってられないの~?プリン伯爵はー?」
ラクシャータがロイドを一蹴する間に、四聖剣は再び視線を交わし合った。
「わかりました。お引受け致しましょう。我等四聖剣、必ずやお客人を無事にキョウトまでお連れ致す」
仙波が代表で応じ、残る三人が頷いた。
「‥‥良いだろう。任せよう。‥‥構わないかな?ミレイ・アッシュフォード」
四聖剣に頷いたゼロは、ミレイに最終確認を取る。
「‥‥‥‥。はい、よろしくお願いします」
息を吐き出したミレイは、気持ちを切り替えると深々と頭を下げた。
「桐原公が受入準備に少し時間を貰いたいと言っていた。こちらも準備が必要の為、出発は三日後になるだろう。そのつもりでいてくれ」
話がまとまると、ゼロは日程を告げる。
「あのー。三日後って、それまでここに軟禁状態ですか~?ぼくは仕事抜けてきている状態だから三日も戻らないと怒られるんだけども~?」
「仕事って、プリン伯爵ぅ?‥‥黒の騎士団に協力を要請しておいて、自分は白兜の整備に行くつもりなわけぇ?」
ロイドが外出を希望すると、ラクシャータが不機嫌そうに眉を寄せる。
「‥‥って、白兜の整備担当者なのか?」
当然驚き、扇が声を上げた。
「ロイド・アスプルンド。伯爵。特別派遣嚮導技術部、通称特派の主任で少佐。特派は白兜‥‥ランスロットの設計と開発を担当。枢木スザクの上司」
手帳を繰りながらデータを読み上げたのはディートハルトだ。
「「「‥‥‥‥。って、なんだって~ッ」」」
扇と朝比奈、卜部の声が見事にハモる。
当然だ、ディートハルトの言葉通りならば、白兜に枢木スザクと地雷だらけの経歴なのだから。
「それと、これは公式ではありませんが、第二皇子シュナイゼル殿下の友人だとか」
ディートハルトが付け加え、一同は最早驚きすぎて、言葉もないようだった。
「出入りは自由だ。‥‥この場所が漏れなければ好きにすれば良い。ゲットーではブリタニア人が目立つ事は念頭に置いていた方が良いぞ」
しかしゼロはあっさりと許可を出してしまう。
「‥‥良いんですか?ゼロ」
カレンが訝しげに訊ねる。
「あぁ。部屋を用意してやれ。‥‥それと、戻る前には連絡を入れるように。間違えて撃たれても知らないぞ。‥‥藤堂、この後話が有る」
ゼロはそう言うと、踵を返す。
「ぼくが軍に知らせる~とか、思わないのかな~、君は?」
「思わないな。‥‥守りたいと思っている者がいる場所に危険を及ぼそうとする事はないと見たが?」
ロイドが口にする興味本位のような言葉に、しかしゼロは冷静に応じる。
「ならキョウトに出立した後に通報~とかは考えないのかなー?」
「ちょ‥‥ロイドさん。いい加減にしてください。黒の騎士団の手の内で敵に回すようなこと言うのやめてくださいね」
ミレイが慌てて止めに入る。
「‥‥わたしを怒らせてその反応を見るつもりか?少しでも疑っているのならば、まずは武装解除くらいさせている。ここは任せる。行くぞ、藤堂」
溜息を吐いた後、ゼロは扇とカレンを見てこの場を任せると、藤堂を連れて部屋を出て行ってしまった。
結局、藤堂は一言も口を利かず仕舞いだったのを、四聖剣はこの時思い当って当惑した。
「‥‥武装解除くらいって‥‥武器持ってるんですか?ミレイ会長‥‥それに」
カレンは唖然として「そういえば、確認してなかった‥‥」と眉を寄せて思いながら、ミレイとロイドと咲世子を順に見た。
「‥‥‥‥。そりゃぁねぇ。‥‥一応持ってるわよ。すぐに取り上げられると思っていたから護身銃一つだけど‥‥」
「あぁ、ぼくも一応軍属だし、銃の一つとか持ってるね~。あはー。もっと気をつけないとダメだよ~。ゼロが気づいてたみたいだから良ーんだろうけど~」
「申し訳ございません。わたくしも、一応所持しております」
三人三様に頷いた後、ミレイはバツの悪そうな表情で、「‥‥いる?」とカレンを見る。
ロイドと咲世子は表情を変える事はなく、相手の出方を待っているようであった。
「良ーんじゃないか?ゼロも取り上げろとは言わなかったし‥‥。あれだけ言われて滅多な事はしないと思うけど」
と、扇は曖昧に応じた。
武器を持っている事がバレたのに、何もしようとしない三人にそのままで良いかもと思ったせいもある。
「‥‥扇さん、部屋、どこにしますか?」
「あ、あぁ。‥‥Dエリアに空き室が固まっていたからそこに‥‥。カレン、準備をしてくるからしばらく頼む」
「はい」
扇はカレンに任せると続いて部屋を出て行った。
「あっと。‥‥えっとプリン伯爵、だっけ?戻るのなら出口まで誰かつけるけど‥‥?」
「ロイドです、ロイド・アスプルンド。君まで変な名前で呼ばないでくれるかな?」
カレンがロイドに言うと、不機嫌な顔で訂正されてしまった。
カレンは思わずムッとする。
「‥‥名前はどうでも良い。それで?」
「えーと。ミレイくん。頼んでも平気かな~?当座の仕事片付けて、明日の昼には戻れると思うんだけど~?あー、出動がなければぁ?」
ロイドはミレイに訊ね、しかし最後にチラと騎士団のメンツを流し見た。
その目は「黒の騎士団が余計な騒動を起こせば、ランスロットの出動が発生して、自分も出動しないといけないんだけどー」と言っている。
入ったばかりの四聖剣はまだ黒の騎士団の予定はわからないから他の三人を見る。
「知らないわよ。わたしはぁ。興味あるのはナイトメアフレームだけだしぃ?」
「わたしの知るところは情報面だけですが、特に事件らしい事件は起こっていませんね」
ラクシャータとディートハルトはさっさと無関係だと言いきってしまう。
「‥‥。わたしも聞いてないわ。今日あるはずだった会議も闖入者のせいで随分とずれこんでしまってるし」
「わかりました。‥‥わたしは祖父の用事で数日留守にすると言ってあるし‥‥。早目に戻ってくださいね、『イエス』なら」
ミレイは暫く考えた後頷いた。
「わ、わかってますよ~。少し遅くなったからと言って、勝手に『ノー』に変換しないでくださいね~」
ロイドは、焦りながらもそう言うとカレンに向きなおった。
「ラクシャータ。四聖剣の二人程連れて出口までお願いできますか?他の団員の牽制の為にも。後、ゼロに報告を」
「しょーがないわねぇ。行くわよ、プリン伯爵。と四聖剣二人」
ラクシャータが言うと、ロイドが歩き出し、四聖剣の中から卜部と千葉が動いた。
「ではわたしがゼロに」と言ってディートハルトも一緒に出て行く。
扉が閉まってから、ミレイがカレンに訊ねる。
「‥‥それで、何か聞きたい事でも?」
残った仙波と朝比奈を気にしながら、それでも気になったと言ったところか。
「‥‥‥‥‥‥。あいつ、どうしたの?」
しかしカレンがそう尋ねた時、電話のベルが鳴り出した。
ミレイが携帯を取り出す。
「‥‥出ても良いかしら?相手はリヴァルみたいだけど?」
「‥‥‥‥。スピーカーでなら‥‥どうぞ」
カレンは仙波と朝比奈を見てから、そう許可を出した。
ミレイは腕を伸ばして出来るだけ離して机に置いてから、通話ボタンを押すとすぐさま両手で両耳を塞いだ。
その動きを察した咲世子はナナリーの耳元で囁き、二人揃って耳を塞ぐ仕草をした。
『ミレイ会長~~。今どこですかぁ~~。この大変な時に~~』
リヴァルの大声が室内に響いた。
重要な会議もおこなわれるこの部屋が防音に優れていなければ、基地中に響いていたのではと思われる音量で有る。
当然、予期していなかったカレンと仙波、朝比奈は顔を顰めて遅まきながら耳を押さえていた。
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作成 2008.01.14
アップ 2008.02.21
脳裏に浮かぶゼロの仮面、ゼロの姿が歪んで捻れて消えていった‥‥。
後に残ったのはゼロの声だけ。
ッ‥‥‥‥何故気付かなかったのだ、わたしは。
このような姿になる前に、あれほどの無礼を重ねる前に。
もう遅いだろうか?手遅れだろうか?もしもまだ間に合うのならば‥‥‥‥わたしは。
いや!例え手遅れだったとしても、会いに行こう、ゼロに、‥‥あの方に!
『おはようございました』
何処だ?何処におられる?‥‥外野が煩い、何を言ってる?
‥‥わたしの邪魔をするな。
わたしの口が身体がわたしの意志の通りに動かない。
なんだ?その目茶苦茶な文法は。
これではあの方への言葉が伝わらないではないかッ。
忠誠もッ!敬愛もッ!謝罪でさえもッ!
‥‥‥‥待て!わたしにはもはやゼロに仇をなすつもりは毛頭ないんだぞ!
ゼロが騎乗すると言う黒い機体を目の前にして、わたしの口は勝手に高笑いを上げている。
‥‥ヨセッ!ヤメロッ!あの方を傷付けるなッ!
ガウェインの中で、急に現れた「オレンジ君」が乗る機体に、渋面を作りながら、ゼロはC.C.に指示を出す。
「C.C.。‥‥あれには構うなッ、神根島を目指せッ」
「無理だぞ、その前に追い付かれる」
ガウェインよりも性能が良いのは先刻承知だろう?とC.C.は不機嫌を隠さずに言うのだが、ゼロは頷きつつも撤回はしなかった。
「‥‥良い、とにかく少しでも島に急いでくれ」
「‥‥ならば、追い付かれた時はお前が何とかしろよ」
言い出したら聞かない性格なのはわかりきっているので、諦めの入った声で、C.C.はそう言って先を目指す。
「わかってる」
ゼロは気負うでもなく、ただ肯定しただけだった。
衝撃が来て攻撃を受けたガウェインは神根島の浜辺に叩き落とされた。
「くっ‥‥。おい、どうするつもりだ?」
先程言った通り、お前がどうにかしろとC.C.はゼロに指示を仰ぐ。
ゼロの出した指示は、とんでもないものだった。
「C.C.はおれを降ろした後、ナナリーを助けに向かってくれ」
「待てッ、逆じゃないのか?生身でアレの相手をするつもりか?」
C.C.でさえ驚くような内容に、眼を見開いて訊ねなおした。
「平気だ。殺されたりはしない。だから、ナナリーを。‥‥頼む」
「‥‥わかった。その代わり、約束は守れよ」
ゼロの揺るがない自信に、C.C.はそう言うと、ゼロを降ろして、その場から飛び去って行った。
黒い機体から出て来た人物にわたしは歓喜し、小躍りした。
ゼロだ、あの方だ!
言わなければならない事がたくさんあるのだ、わたしには。
謝らねば、許しを戴ける事はないとわかっていても、とにかく謝らなければ。
黒い機体から出て来た人物にわたしは歓喜し、小躍りした。
間違いない、ゼロだ!
これまでの無念を今こそ晴らすのだッ!
濡れ衣を着せられた無念を、屈辱を、怒りを!
なッ待てそれはダメだ!
待たぬ、このような好機を逃してたまるかッ!
「‥‥‥‥煩いッ、黙れオレンジ!わたしに言いたい事が有るのならば、降りて来て面と向かって言え」
それは張り上げたものではない、ただゼロは怒りを込めて不機嫌に、いつもよりも低い声で言っただけだった。
聞こえてる‥‥のか?今のやり取りが?
「ふッ、当然だろう?」
ゼロは仮面越しながらも、余裕たっぷりに言い切った。
ルルーシュは不機嫌だった。
なんだ?この頭の中に直接聞こえるような言い合いは。
なんだ?支離滅裂な言葉の羅列は?
ある時を境にして聞こえだしたその声に、思考を邪魔されまくっているからである。
一つには思慕、一つには憎悪、一体全体何なんだ?この声は!
目の前に現れた「オレンジ君」を見て、ルルーシュはこの声の主が「オレンジ君」だったのだと気づく。
「ゼロを倒せ」とそう言った端から、「やめろ、手を出すな」と否定する、その言い合いが鬱陶しい。
「オレンジ君」は一体何がやりたいんだ?
『ゼロッ、ご無事ですか?‥‥コイツッ』
カレンの声と共に、紅蓮弐式がゼロを庇う位置に割って入る。
「カレンか‥‥。わたしは平気だ。C.C.がガウェインで先行している。白兜も見掛けたから追ってくれ」
『ですが、コイツが‥‥』
おかしな形だが、曲がりなりにもナイトメアフレームであろう機体の前に生身のゼロ一人を残して行けようはずがないとカレンは躊躇する。
「平気だ。C.C.にも言ったが、わたしは殺られたりはしない。だから‥‥行けッ、カレン!」
ゼロのその言葉は、こんな状況だというのに、何故か説得力を持っていて、カレンは頷いていた。
『‥‥わかりました、ゼロッ!ご無事で』
それだけ言うと、カレンは紅蓮弐式を飛び立たせ、ガウェインを見た方向へと進ませていった。
再び一人「オレンジ君」の乗る機体と対峙するゼロは、静かに佇んでいた。
機体はスーッとゼロに近づいて来て、すぐ近くに止まると、中から変わり果てたイメチェン「メカオレンジ君」が現れる。
どうやらゼロがさっき言った「降りて来て面と向かって言え」に従ったらしい。
その手には銃が握られ、銃口はゼロに固定されていたが。
「‥‥で?‥‥ジェレミア・ゴットバルト、‥‥だったな?何の用だ?」
ゼロは敢えて、「オレンジ君」と言う愛称(?多分怒る者約一名)を避け、本名で訊ねていた。
あの状態で、わざわざ降りて来た行動に敬意を表しても良いかと思った為だ。
「貴方様はゼロ?!何たる僥倖!宿命!数奇!」
そうだッ、そのまま謝罪をするのだ。今までの行動を、ゼロに、詫びるのだ。
「‥‥‥‥それで?ハッキリ言え、ジェレミア卿ッ」
「出会イハ幸セ!このジェレミア・ゴットバルトには!!こんな形で機会をイタダキマシタ!!」
やっと貴方にお逢い出来たのだッ、謝罪する絶好のチャンスまで頂いた。
「前置きは良い。お前がジェレミア卿だと言う事も分かっている。その先を言え」
「言い訳ムダ!懺悔は今!!ご無礼が大量!」
わたしは悔やんでいるのです。
ゼロが貴方だと気づかずに、これまでの無礼の数々を、言い訳のしようもない程にッ。
「‥‥‥‥。ん?もう一つの意思はどこに行った?ジェレミア卿。さっきまで葛藤していただろう?わたしへの憎悪と」
ゼロは不意に首を傾げると、普通にジェレミアに話しかけていた。
そう言われてみればいつの間にか抵抗がない。
身体もぎこちないながら、我が意に従い動いてくれている。
わたしはまだ構えたままだった銃を持つ手を下し、銃を手放した。
ボトッと鈍い音がして、砂浜に銃が落ちる。
「なるほど?名前に反応しているのかも知れないな。あの疑惑の名前で呼ぶとわたしを殺そうとするわけか?」
「呼ブハイケナイ!危険が大量!」
再び身体が意に従わなくなれば、わたしは何をするかわからないのだ。
これ以上の無礼を重ねるわけにはいかない!
「‥‥良いだろう、ジェレミア卿。謝罪は受け入れても良いぞ?但し、わたしの素性は黙っていろ」
ゼロの言葉に、わたしは歓喜した。
「何たる僥倖!何たる歓喜!忠誠をイタダキマセ!」
わたしの忠誠を、敬愛をどうかッ!
「‥‥それは保留だな。あの呼び方をされても、わたしを殺そうとしなくなったら、その時には改めて検討してやっても良いが」
ゼロは溜息混じりにそう応じる。
今のジェレミアの忠誠を受けて騎士にしたとして、「オレンジ」の言葉でその騎士に命を狙われる主にはなりたいはずがない。
「あれは違イマシタ。別人!」
「だが、あれでお前を呼ぶ者は多いだろう?今後も。それまで違うとは言いきれないだろう?ジェレミア卿」
ジェレミアの意思とは別のところで、ジェレミアを「オレンジ」「オレンジ卿」「オレンジ君」と呼ぶ者は多いだろうし、今後も恐らく絶えないだろう。
「仕方アリマシタ!命令ハ幸セ!」
「お前はこのまま租界に取って返し、ブリタニア軍を倒してこい。‥‥間違っても騎士団に攻撃は加えるなよ?」
それでも命令をというジェレミアに、租界へ戻るように言ってみる。
これで応じれば儲けモノだ、あの変なナイトメアフレームモドキは強力な戦力になる。
「命令ハ幸セ!」
敬礼をしたジェレミアは、踵を返すとナイトメアフレームモドキに乗り込んで飛び去って行った。
ゼロは騎士団の連中に、「オレンジ」と呼ばないように指示を出さなければ、と思いながらその機影を見つめていた。
了
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作成 2008.02.16
アップ 2008.02.18
「‥‥‥‥は?」
ギルフォードは、主であるコーネリアの言葉に、普段は絶対にしないだろう少々間の抜けた返答を返していた。
「だからだな。‥‥明日は公務がないからお前にも休暇をやる、そう言ったのだよ、我が騎士ギルフォード」
コーネリアはギルフォードの様子が可笑しかったのか、笑みを含んで再度告げた。
「ですが、姫様の傍を離れるわけには‥‥」
「明日は久々にユフィと過ごそうと思っている。危ない事はないから安心するが良い」
「そうは仰られましても‥‥」
常にない事に、困惑しているギルフォードは曖昧に応じるだけだ。
「‥‥ではこうしよう。明日、朝食後から休みに入り、夕食前に戻ってくる。半日の休暇だ。その間わたしは外には出ない」
コーネリアはそう妥協して、ギルフォードは少し躊躇った後、首肯した。
これ以上の妥協がコーネリアに存在しない事を、ギルフォードは承知していたからである。
「わかりました。ですが姫様。もしも万が一外出なされる場合は、ダールトン将軍を供にお付けになってくださいね」
「ふっ、わかっておる。たまにはわたしの事など忘れて個人に立ち返って羽目を外して来い」
「また姫様は無茶な事を仰られる」
そんな事が騎士には無理な事など、どちらも承知しているのだ。
仕方がないと言わんばかりのギルフォードの科白は、コーネリアの無理難題をそれでも叶える時のそれだ。
「夜からはまた頼むぞ?我が騎士ギルフォード」
「承知いたしました」
ギルフォードはいつも通り、優雅に頭を下げた。
コーネリアとユーフェミアの姉妹とダールトンに見送られ、政庁を後にしたギルフォードは、ブラリと租界を歩き出した。
コーネリアには言わなかったが、ギルフォードに行く宛は有った。
しかし、真っ直ぐそこへ行く事が躊躇われ、まずは散歩でもしようかと考えたからだ。
「個人に立ち返って」‥‥コーネリアはそう言った。
そう言われてギルフォードが真っ先に思い出したのは、遠い昔の事だった。
ギルフォードがコーネリアから騎士に望まれる前、──いや更に遡り、ギルフォード自身がコーネリアの騎士にと望む前だ。
ナイトメアフレームに騎乗しての、初陣でギルフォードは危機一髪のところを、とある騎士候に助けられたのだ。
戦闘後、お礼を言う為にそのナイトメアフレームから恩人が降りて来るのを待っていると、開いたハッチから珍しい長い黒髪が靡いたのだ。
驚いた事に、恩人は女性で、しかも騎士候とはいえ出は庶民でありながら皇妃になった「閃光」の異名を持つマリアンヌだったのだ。
庶民出とは言え、皇族に名を連ねている事には違いなく、ギルフォードはバッと姿勢を正した。
ところが、驚く事はそれだけではなかった。
降りてくるマリアンヌの腕には、幼子が一人抱かれていたのだから、ギルフォードだけでなくその場に居合わせた全ての者が驚いていた。
「‥‥というか、マリアンヌ皇妃ッ。子連れで戦場に出てくるな~~」とほぼ全員が内心で叫んでいた事だろう。
黒髪の、マリアンヌに良く似た面差しのその幼子が誰かわからぬ者はその場にはいない。
第十一皇子にして、この度第十七皇位継承権を授かる事になったばかりのルルーシュ・ヴィ・ブリタニアに相違ないだろう。
戦闘直後とは思えない程優しい笑みを浮かべるマリアンヌに抱かれたルルーシュは、周囲を一瞥するとギルフォードに視線を固定した。
「ぶじでよかったな。ははうぇにかんしゃしろよ。‥‥なにをされるのですか、ははうぇ」
ギルフォードに話しかけた途端頭をポンと軽く叩かれたルルーシュは、不思議そうにマリアンヌを見上げ苦情を言う。
「感謝とは強制するものではありませんよ?ルルーシュ。そのような事を言ってはどうすれば良いのか逆にわからなくなってしまうでしょう?」
マリアンヌは慈愛に満ちた表情で我が子を見つめながら、諭すようにそう言った。
暫くマリアンヌの言葉を考えていたらしいルルーシュは、こくりと頷いた。
「わかりました、ははうぇ。‥‥すまなかった、‥‥えーと、‥‥ギルフォードきょぉ、だったな?」
ギルフォードに向かって頭を下げて、その上名前まで呼んだルルーシュに、ギルフォードは目を見開いて驚いた。
面識もないナイトメアフレームにさえ騎乗したばかりのギルフォードの名前まで覚えているなんて思ってもいなかったからだ。
「‥‥‥‥。おこったのか?」
返事をしないギルフォードに、ルルーシュはどうすれば許して貰えるのかわからず途方にくれてしまう。
憂いを見せるルルーシュにギルフォードは我に返って慌てる。
「怒っておりません、殿下。助けて頂き感謝しているのは本当ですから。‥‥ありがとうございました。マリアンヌ様、ルルーシュ様」
ギルフォードの言葉に、ルルーシュはホッと息を吐く。
「礼を言われる事は何もしていないわ。それと、貴方の事は、コーネリア殿下から伺って知っていたの」
「ですが‥‥」
「そうですね。宜しければ少しお話をしましょう?」
マリアンヌの言葉に、恐る恐る頷いたギルフォード。
「では、付いておいでなさい」
マリアンヌは微笑を浮かべて言うと、再びルルーシュを連れてナイトメアフレームガニメデに颯爽と騎乗した。
ギルフォードは慌てて自身のナイトメアフレームに騎乗すると、既に移動を始めていたガニメデの後を追った。
陣からは少し離れた他に誰もいない場所まで来たマリアンヌはガニメデを止めると再び外に出てきた。
ギルフォードもナイトメアフレームを近くに止めて慌てて降りる。
その様子をマリアンヌはくすくすと可笑しそうに見ていた。
「本当に、貴方はコーネリア殿下の仰ってらした通りの方のようね、ギルフォード卿」
ギルフォードは途端にやはり面識のない第二皇女に何と言われていたのかと不安になる。
「‥‥あの。‥‥わたくしはコーネリア皇女殿下とも面識はございませんが‥‥」
「そのようね、まだ今は。『真面目過ぎるキライは有るけれど、とても優秀な男が入って来たとダールトンが喜んでいた』と仰っていたわ」
「ダァルトンがひとをほめるのはめずらしいからおぼえていたんだ。‥‥でもやっぱりダァルトンのいったとおりだったな」
ギルフォードは、マリアンヌの言葉に納得し、ルルーシュの言葉に戸惑う。
「‥‥ルルーシュ殿下。危機を救って頂いた立場としては、褒められるような状態ではなかったはずですが」
「ははうぇにむかってもらっているあいだに、ておくれかもしれないともおもったんだ。なのにまにあったのはもちこたえたものがゆぅしゅぅだったからだろう?」
「はい、良く言えたわね、ルルーシュ。‥‥貴方の配置場所が手薄だと、そう気づいたのはルルーシュなの。だから取って返したのよ」
マリアンヌはそう言って、「本当に間に合って良かったわ」と笑った。
あの時、ギルフォードは確かにマリアンヌとルルーシュのいずれかの騎士になりたいと思った事を覚えている。
しかしマリアンヌからはやんわりと断られ、ルルーシュにも当面言い出す事を止められて、そのままだったのだ。
ギルフォードがコーネリアの騎士を望んだのは、その後任務でコーネリアの隊に配属された後の事だ。
コーネリアは、実妹であるユーフェミアと、憧れのマリアンヌ、その子供であるルルーシュの為に戦っているのだと言った。
ならば、コーネリアに仕え、護り、助ける事が、間接的にマリアンヌとルルーシュを守る事にもなるのだと思い至ったからだ。
その後、目覚しい活躍をするギルフォードをコーネリアが騎士にと指名し、ギルフォードはそれを受けたのだった。
了
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作成 2008.02.13
アップ 2008.02.17