04 | 2025/05 | 06 |
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夕日に染まる空を見上げながら、カレンはアッシュフォード学園の制服のままかなりの速度で走っていた。
本当はもっと早く学園を出て、今頃は着替えも済ませてアジトについていたはずだったのに、と思うが長居をしたのは去り難かったからだ。
結局途中からリヴァルを手伝って飲み物を取りに立ったルルーシュを追いかけて手紙の用件を聞く事が出来た、けれど。
「ん?あぁ。まだ気付かないのか?会長に頼まれたんだ、カレンが先に帰ってしまわないように招待しておいてくれって」
「‥‥じゃあ、この‥‥為?」
「そうだ。‥‥そうそう、少し忠告しておいてやるよ。猫を被るならもう少し巧く被れ。普通の病弱な少女はシャーリーの走りについていけないしな」
あっさり頷いたルルーシュは、ついでとばかりに一言添える。
言われてみれば確かにそうだ‥‥とカレンは少し反省する、「というか、今日はもしかしてコイツに助けられッぱなしか?わたしは」と気づいて目を見開いた。
「ん?どうした?」
「な、‥‥なんでもない、わ。そ、そうね。気をつけるわ」
「特に生徒会のメンバーはおれの猫に慣れているからな。多少の猫は見破られていると思った方が無難だぞ?じゃあな」
そう言うとルルーシュは飲み物を取りに去って行った。
世の中を斜に構えてただ見てるだけのいけ好かない奴、口は悪いし、厭味だし、みんな外見に騙されてるのよ‥‥とカレンは思っていた。
でも、もしかしたら、それすらも「猫の範疇だったら?」なんてふと思ったら、せっかく用意して招待してくれた席を途中で立つ事が出来なくなったのだ。
なんだかんだ言って、結局のところ、カレンが猫を被っていて本当は病弱じゃない事も、アイツはみんなに告げていないのだから。
お陰でこんな姿で走る羽目になったのだが、いつものような悪態は出て来なかった。
「おっそ~い、ぞ~。カレン。もっと早く来れるんじゃなかったの?」
アジトに文字通り駆け込むなり、井上の苦情がカレンの鼓膜を打った。
カレンは膝に手を付いて息を整えるのに忙しい。
「‥‥てか、大丈夫?カレンがそんなになるまで急ぐなんてねぇ‥‥。ってそれ、制服じゃない?アッシュフォードの。良いのそんな恰好で」
しかしカレンの様子と服装を見た井上は一転気遣わし気に声音を和らげる。
「だッ、大丈夫です、もう。それより、遅くなって済みません。えーっとこれ、です」
カレンはやっとそう言える程回復すると、井上の分の招待状を渡す。
「ありがと、カレン。とりあえずサッとシャワーしてきたら?」
「ですね。あ、じゃあこれ渡して貰えますか?」
「おっけー。って三枚?ラクシャータと千葉さんと‥‥?」
にっこり笑って引き受けた井上は、その枚数に首を傾げる。
「C.C.にも、です‥‥」
「お、おっけー‥‥」
井上は一転今度は顔を引き攣らせながら、それでも引き受けた。
井上から招待状を渡された千葉は、その足で藤堂と残りの四聖剣の元へ向かった。
「中佐。少々よろしいでしょうか?」
改まった千葉の様子に藤堂は首を傾げてから応じる。
「あぁ。どうした?千葉」
その様子を朝比奈はにこやかに、仙波と卜部は顔を見合わせてから訝しげに見た。
「これを‥‥」
「‥‥ってまさかラブレターか!?」
途端に卜部が驚いて見せる。
「違うッ。‥‥ゼロから招待状を戴きました。‥‥条件は同伴者なのですが‥‥わたしは中佐と四聖剣を伴わなければ参加できないそうです」
「は~い。行きます行きま~す」
横から朝比奈が、待ってましたとばかりに声を上げた。
千葉はギッと朝比奈を睨んだが、「まだ貴様にまで聞いてない」等と言えば、改めて言わなければならないのでグッと堪える。
「‥‥おれは構わないが‥‥。千葉、良いのか?」
藤堂は頷いたが、どこか千葉を気遣う風を見せた。
「?わたしは中佐さえ御迷惑でなければ同行して戴きたいと思いますが‥‥何か?」
訝しげに藤堂を見る千葉を置き去りに、朝比奈は仙波と卜部に話しかける。
「藤堂さんがおっけーって事はおれもおっけーだし、仙波さんと卜部さんは?」
「勿論、お呼ばれしますって。なぁ仙波さん」
「そうだな」
「じゃ、千葉さんは参加だって井上さんに言ってきますね~」
話を速攻でまとめた朝比奈は、千葉に口を挟む隙さえ与えずに、そう言って出て行ってしまった。
「‥‥中佐。何故報告先が井上なのですか?扇さんならわかりますが」
「千葉。‥‥その招待状、ちゃんと見たのか?」
藤堂に言われて千葉は改めて招待状の中身を見直した。
「‥‥‥‥‥‥‥‥なッ‥‥」
一言言ったっきり、千葉はその場で固まった。
「‥‥やはりか」
ポツリと呟いた藤堂と、訳がわからず顔を見合わせた仙波と卜部。
しかし朝比奈が既に出て言った以上、変更が叶うはずがない事はその場の全員がわかっていた。
その様子をラクシャータだけはのんびりと見ていた。
「大変ね~。日本の女性ってぇ?」
などとソファに横になりながら気楽に言う。
「それにしても大人しいわね、カレン。もっとごねると思ってたんだけど?」
「‥‥今日が何の日か、思いだしたんですよね。それで、今日くらいは良いかなって」
「何の日って‥‥あ。‥‥もしかして、この招待状って?」
「かも知れないかなって、今日ここに来る前に思ったんですよね」
「あー‥‥。確かに途中を見ても楽しいわけないハズよね~それじゃあ‥‥。もしかして軽くホラーだったのかしら?」
カレンと井上が納得したように頷き合った。
「ん?何か思い当たったのぉ?第二についてぇ?」
ラクシャータは一人、訳がわからないとばかりに問いかけた。
「判らないなら、見た時のお楽しみに取っとく方が楽しいですよ、きっと」
カレンは楽しそうにそう言った。
準備のいらなかったラクシャータは元より、カレンの、千葉の、そして井上の準備が終わるのを待っていたかのように、内部放送がかかる。
『騎士団の諸君。作業を中断し、食堂に集合の事。但し、事前に通告している者は除く。以上』
ゼロの声が唐突に聞こえ、そして放送は終わる。
女性陣は思わずスピーカーに視線を向けて沈黙する。
そこに扉をノックする音が聞こえた。
「千葉さ~ん。準備終わりました~?みんなが食堂に移動したらおれ達は第二に移動で~す」
「朝比奈?第二って‥‥。それにゼロは何時来たんだ?」
「女性陣解禁で~す。今は招待者以外が入れなくなってま~す。後、ゼロが来たのは日没頃でしたっけ?そろそろ二時間くらいになりますよ~」
扉越しに交わされる千葉と朝比奈の言葉を、残りの女性陣が見守る。
「‥‥食堂で何があるんだ?」
「多分食事会、ですかね。昨日から朝にかけてと、さっきまでゼロが作ってましたから」
朝比奈が自信なさ気に告げる。
「‥‥あらぁ?そっちの方が良かったかしらぁ?」
「それは違いますってラクシャータ。食堂でやる食事会より、第二の方が絶対楽しいです。食事も(食堂のより)豪勢なのが出ますから」
「朝比奈。団員の食堂への移動が終わったぞ」
仙波の声が聞こえ、時間が来た事を女性陣は悟る。
「て事ですんで、千葉さん。それに紅月さんと井上さんとラクシャータ。出てきてください」
「どーでも良いけどぉ?どーしてわたしだけ呼び捨てなのかしらねぇ?」
「‥‥なんとなく、ですね~」
扉越しの会話はここまでだった。
扉が開いた途端、朝比奈は絶句して固まった。
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作成 2008.02.28
アップ 2008.03.03
カレンは苛立たしい気分を病弱と言う仮面の下に押しやりながら、楚々とした動作で教科書を鞄にしまう。
今、最後の授業が終わって残すは終礼だけなのだ、と言うのにである。
終礼が終わると同時に生徒会にも寄らずに帰って、アジトに向かう気満々だったカレンだが、朝の内に邪魔が入ってしまったのだ。
自席に着いた時、机に手紙が入っている事に気づき、開いたのがいけなかった。
中も見ずに捨てていれば‥‥と本気で後悔した。
チラと差出人を見れば、いつもは朝一番から眠りの体勢に入っているのに、今日はすぐに視線が合い、途端にアイツは口の端を持ち上げて笑ったのだ。
逃げそうになった猫を必死に縛り付け、貼り付けた後、最悪な気分でその日の授業を受ける羽目に陥った。
終礼も終わると、嫌な事はすぐに終わらせようと、立ち上がった途端、声が掛かる。
「カレ~ン。行こッ。ほら、早く早く」
お元気娘のシャーリーがサクッとカレンの鞄を取り上げて、片腕を掴んで引っ張って急かす。
これもアイツの差し金かと振り返ってみれば、その姿は既に消えていた。
同じ生徒会のリヴァルの姿も見えない。
「ちょッ‥‥、あのッ‥‥」
今日もまた「病弱設定にするんじゃなかったッ」と後悔しながら、カレンは反論らしい反論一つ出来ずに生徒会室へと連行されたのだった。
準備をしながらくすくすと笑うルルーシュを見て、こちらも楽しそうに手を動かすリヴァルが声を掛ける。
「楽しそーだな、ルルーシュ。ナナリーちゃんも呼んだからか?」
「そうだな」と返したルルーシュだが、実際のところは、今頃カレンはどんな表情でシャーリーに連行されているか、を想像していたからである。
「しっかし、こういう事はタフだよな、ルルも。完璧主義も程ほどにしとけよぉ。始まる前に顔洗って来いよ。目の下に熊飼ってるぞ?」
呆れた様子で、しかし心配そうにリヴァルはルルーシュの綺麗な顔、眼の下に出来た隈を揶揄る。
「洗ったくらいで逃げる熊じゃないんでな。‥‥全く、会長ももっと早くから言ってくれていれば良いものを。ねぇ、会長」
肩を竦めてリヴァルに応じた後、やってきたミレイに苦情を述べた。
「あー‥‥、今回はホント悪かったと思ってるのよ~、ルルちゃん。もしかしてそっち、終わらなかった?」
苦笑を浮かべながら謝るミレイに、ルルーシュは溜息を一つ。
「何とか朝には飾りつけまで終わらせましたよ。お陰で熊が棲み付き始めたみたいですが。当分、残業なんてしませんよ?」
「良い良い。それはリヴァルがちゃ~んとルルちゃんの分までやってくれるから、ねぇ?リヴァル」
「う~ん、しゃーない。あくまで暫く、だからな、ルルーシュ。さっさと熊を追い払えよ?」
当然の如く話と仕事を振ってくるミレイと、隈が痛々しいルルーシュを見比べて、リヴァルは折れた。
「助かるよ、リヴァル」
「あーーッ。会長、もう始めてるんですかぁ?」
カレンを引っ張って飛び込んできたシャーリーは慌てた様子でミレイに声を掛けた。
「まぁだ。これからよ、これから。ニーナとナナちゃんが来たら生徒会長室に移動よ」
ミレイの言葉を聴いてホッとしたシャーリーは、そこでやっとカレンの腕を解放した。
シャーリーが深呼吸するのに対して、病弱設定のカレンが息一つ乱していない事に気づいたのはルルーシュだけのようだったが、気を逸らすを出す事にした。
「飾りつけは?」
「咲世子さんにも手伝って貰って完璧よ」
「なら後は運び込むだけですよ」
「え‥‥っと。これは、一体‥?」
「あれ?カレン知らない?日本のお祭りよ、お祭り。ひな祭りっていうの。珍しく家の中で祝う、しかも女の子が対象のね」
「あ。‥‥今日、3月3日ですね。そっか、」
「ッほらそこ。参加したいなら隣の部屋から桃の花を取って来い。早くしないとナナリーが来るだろう」
ルルーシュの声にカレンは言葉を切ったが、よくよく思い返してみて助かったと、この時ばかりはルルーシュに(ほんの少し)感謝した。
危うく「今日は桃の節句だったわね‥‥」なんて言いそうになっていたからだ。
「‥‥申し訳ございません。少し、早かったでしょうか?」
控えめな咲世子の声がして、扉を振り返ると、車椅子に座ったナナリーと、その後ろに続く咲世子と廊下で一緒になったと思われるニーナの姿もあった。
「ごめん、ミレイちゃん、遅れちゃった?」
「今からよ、今から。丁度良かったわ。今呼びに行こうと思っていたところだったから。貴女も入っていきなさいね、咲世子さん」
「それでは、お邪魔致します」
「どーしたんですか?これ‥‥。こんな立派なひな壇なんて‥‥」
カレンは驚きに目を見開いている。
昔、まだほんの小さかった頃。
これ程ではない、もっと質素なモノにしろ、ひな壇を飾ってお祝いをした覚えが、カレンにもあったのだ。
「ん~。知り合いの人形屋がねぇ。随分痛んでるけどいるなら譲るって言うから、貰ったのよ。で、結果的に言うと、ルルちゃんが綺麗にしたのよ」
「会長命令で仕方なく。次はしませんよ?綺麗にしまってくださいね」
「当然よぉ。保存状態には気を使うわよ。だから来年は楽できてよ」
永久保存しかねない勢いでミレイは断言してみせた。
「‥‥お兄様、わたしの部屋に飾ってくださったひな人形も確か修繕なさってくださったと聞いたのですが。‥‥無理をなさったのでは?」
「あれは咲世子さんにもかなり手伝って貰ったからね。それに、会長のところの程、痛んでいたわけでもないから、無理なんてしてないよ、ナナリー」
ルルーシュはナナリーの髪を撫でながら、桃の枝を手渡してやる。
「見えないのは残念かも知れないけど、桃の香りとかナナリーでも楽しめると思うんだが‥‥」
「はい。とても良い香りです、お兄様。ありがとうございます」
ミレイは二人の世界に突入した兄妹を放っておく事にして他のメンバーに声をかけた。
「さぁ~て。始めましょうか?当然、今日の給仕はリヴァルだって事はわかってるでしょうねぇ?」
ミレイがリヴァルに意味深な視線を向ける。
「え?‥‥あーーーッ。しまった。くっそー、さっさと準備して逃げれば良かったぜ」
一瞬ドキッとしたリヴァルだったが、その場にいるメンバーを見返して悲鳴を上げた。
ミレイ、シャーリー、ニーナにカレン、ナナリーと付き添いの咲世子さんとみんな女性だらけだ。
そしてリヴァル以外ただ一人の男性であるところのルルーシュは熊を飼ってる上にナナリーに付き添っていて離すのは可哀想だ。
スザクが(軍務の為)来ていない以上、リヴァル以外に使える男手はなかった。
「勿論、今更逃がすわけないって判ってるわよね~?」
「ぅ‥‥は~い。会長。んじゃ、飲み物もってきま~す」
二重の意味で逃げられなくなったリヴァルは、気持ちを切り替えると飲み物を取りに部屋を出て行った。
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作成 2008.02.28
アップ 2008.03.03
次の日。
確かにゼロはやってきた。
C.C.の言った通りの状態で。
‥‥そう、物凄い不機嫌オーラを発していて、迂闊に近づけない程なのだ。
平団員は思わず後退り、遥か遠くから遠巻きにしてリーダーの一挙手一投足を怖々と見つめていた。
幹部連中はそう言うわけにもいかず、その場に留まって、何とか挨拶だけでもと声を掛ける。
「ゼ、ゼロ。‥‥急に来られなくなって、心配しました。‥‥あの、もう平気なのですか?」
そんな中、カレンが特攻し、それを見た全員が拍手喝采を送る‥‥現実の手を動かさずに。
「‥‥あぁ。カレンか。心配をかけてしまったようだな。少々表が忙しくて連絡すら取れなかった事はすまないと思っている」
「そんなッ。‥‥また来て下さって、嬉しいですッ。‥‥あのッ、今後の予定をお聞きしても宜しいですか?ゼロ」
スッと不機嫌オーラが和らいだ気がしたカレンは、それだけの事が嬉しくって仕方がない様子でゼロに尋ねる。
「‥‥一応、表での仕事は一区切りついたので、不意に連絡が取れない、と言う事は暫くはないはずだ。今日はこのまま。‥‥明日は夜に来る予定だ」
ゼロの言葉に、カレンは「夜‥‥」と呟く。
「カレン。これを渡しておく」
反射的に受け取ったカレンを残して、ゼロは自室へと向かっていった。
みんなカレンが受け取った物の方が気になるのか、或いはまだゼロに声を掛け辛かったのか、他にゼロを止める者はいなかった。
ゼロを遠巻きにしていた団員(ギャラリー)は、ゼロがいなくなった途端、カレンに群がった。
「カ~レン。何貰ったの?ラブレター?」
普段ならこの手のからかいには顔を赤くして恥ずかしがるか怒るかするカレンなのだが、この時は違っていた。
ガバッと顔を上げて声を掛けてきた井上を見ると、ガシッと片腕を掴み、周囲に群がる野郎どもを一括する。
「邪魔だ、散れッ。サボってるとゼロに怒られるわよ。‥‥それで困るのはわたしじゃないけど、ゼロの手を煩わせる前に沈めてやろうか?」
かなり過激である、と言うか、これだけの野郎ども相手に中々言えない啖呵だろう。
「ほぉら。あんた達も、恋する乙女の邪魔すると馬に蹴られちゃうわよ~。散って散って」
「ちょっ、‥井上さんッ、そんなんじゃないですッ。行きますよ」
「あッ、ちょっ手を離しなさいよ、カレン」
男性陣が散る前に、井上の腕を掴んだままのカレンがその場から移動して行った。
行く手には紅蓮弐式の近くで作業しているラクシャータと書類を持ってラクシャータに近づこうとしていた千葉がいる。
気になってついてきていた男性陣は、振り返ったカレンの一睨みでスゴスゴと退散していった。
「これ、さっきゼロに頂きました。見てください」
カレンはそう言うと、さっきまで自分が見ていた紙をラクシャータに渡した。
ラクシャータはにやにやしながら眼を通し、隣の千葉に回す。
千葉もそれに倣うが、こちらは段々目が眇められ、憮然とした様子で井上に回した。
「お嬢ちゃん。この招待状ってぇのは?」
「あ、貰いました。ただ明日わたしが来てからみんなに渡すようにって‥‥。だから待ってて貰えますか?」
「い~わよぉ。わたしは一人だしぃ。いつでもい~からねぇ」
「‥‥しかし、‥‥個人的な好奇心の為に中佐を煩わせる事は‥‥」
「あれ?誘ってくれないの?千葉さん。藤堂さんだって結構楽しみにしてたのに。勿論おれもだけど」
千葉が迷っていると、その後ろからひょっこり朝比奈が顔を覗かせた。
即座に朝比奈の頭に千葉の拳が決まった。
「驚かすなといつも言っているだろうが」
「ひどいよ、千葉さ~ん。折角教えてあげたのにぃ。‥‥てか、それ持ってるって事は、ゼロ来てるんだ?」
「え、ええ。ついさっき」
「いっけね。藤堂さんにどやされる。じゃあね~」
ブンブンと手を振った朝比奈はあっさりその場から立ち去っていった。
「‥‥‥。なんだったんですか?」
カレンの問いかけに、三人は千葉を見る。
「気にしないでやってくれ‥‥」
千葉は疲れた口調でそう応じた。
おざなりなノックの後、朝比奈が扉を開けると、既にゼロ以外は来ていた。
「ゼロ、来てるそうです。多分自室の方だと思いますけど」
扇があからさまにホッとした様子で息を吐く。
「遅いぞ、朝比奈。ゼロを除けば一番詳しいお前が遅くては作業が進まない」
「すみませんッ、仙波さん。‥‥さっき格納庫通ってきたんですけど、女性陣既に招待状貰ってました」
「やっぱ、仕事早いよなぁ、ゼロは。‥‥んで?自室で何やってるんだ?」
「必要なものを取りに行っていただけだが?‥‥それよりも、何故扉が開けっ放しなのだ?」
唐突に現れて卜部の質問に答えたゼロにも驚いたが、その後に続いた言葉にも驚いて、一同の視線が朝比奈に向かう。
「ぅわ。すみませんッ、ゼロ。たった今です。誰も覗いていませんッ。以後気をつけます」
ゼロは朝比奈から藤堂に(今回は普通に)仮面を移動させてから頷いた。
「良いだろう。もう規制も終わりだしな。‥‥それに運び込んで貰って助かった件もある。今回だけは不問にしておこう」
ゼロの言葉に「やったッ」と喜ぶ朝比奈を横目に、扇が問いかける。
「ゼロ。今回おれ達が運び込んだ荷物だけど。最初にゼロが持ってきた時より明らかに多いんだが、人形だけじゃないのか?」
まだ全ての箱を開け切っていない事もあって、量の多さに首を傾げていたのだ。
「‥‥‥‥扇。例の通達は団員に伝えているだろうな?」
「例の?‥‥あ、あぁ。断水の件か?今日の夕方から明日の昼までって。一応伝えたから食事は外でと‥‥。けど他からはそんな話は受けてないんだが」
急に変わった話の内容に、扇は一瞬戸惑いながらも、記憶をひっくり返してついていく。
フッとゼロが笑った。
「当然だな。偽りだし。開けるなと言っておいた赤ラベルの箱は食堂に運んでおいてくれ。‥‥食材だ」
「えーっと。それってやっぱり、ゼロが調理するって事なのかなぁ?」
「ああ。わたしが調理台に立っているところを団員が見れば流石に引くと思ったから、取っておいた処置だが‥‥」
ゼロ=(仮面+スーツ+マント)-マント+エプロン=仮面+スーツ+エプロン‥‥‥確かに誰もが引くだろう。
それぞれ僅かにゼロから視線を外し、その件についてのコメントを避けた。
「‥‥ゼロ。荷物を受け取りに行った時、C.C.が『わたしはこれから戻って報酬のピザを食べるのだ』とか言っていたが?」
藤堂が話題逸らしの為に、忘れていた報告をする。
ルルーシュはゲットーに近い公園にC.C.を待たせ、ギアスを掛けた運送会社の人間にそこまで箱を運ばせたのだ。
後は藤堂、扇と四聖剣の三人にその場所まで取りに行くよう指示を出しておいたのだ。
「‥‥‥‥あぁ、今回は仕方がないからな。人形に臭いがつかない限りにおいては認めた」
「ん?ゼロ。自宅にも飾っているのか?」
「‥‥あぁ。日本の女性と知り合いでな。『是非飾りましょう』と言われたのが始まりだったな」
「「「「‥‥‥‥‥」」」」
「ゼロぉ?‥それって彼女とか奥さんとかって話かぁ?」
一同絶句する中、卜部が果敢に問いかける。
「いや。彼女は‥‥わたしが世話になっているところのメイド、だな」
「ちょっと待ったゼロ。世話に‥って居候?なのにC.C.も居候させてるわけ?」
「‥‥アイツは勝手に居着いたんだ。‥‥多分、まだ見つかっていないはずだ。‥‥お陰でわたしがピザばかり食べていると思われてしまっているがな」
忌々しげに言うゼロに、「それはゼロも苦情の一つも言いたくなるだろう」と、C.C.がピザを注文する事に難色を示し続けるゼロの、真実を見た気がした。
「さて、時間も限られている事だし、飾り付けを急ぐとしようか」
暫くしてから気を取り直したように告げられたゼロの言葉に、一同は揃って頷いたのだった。
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作成 2008.02.27
アップ 2008.03.02
3月に入ってしまった。
姿を見せなくなったゼロの事を気にしながら、作業を続けていたカレンは、アジトの入口に人影を見つけ、思わず凝視する。
それが誰かわかった途端、手にしていた書類を放り出して駆け寄った。
「C.C.!!ゼロは?一緒じゃないの?」
カレンの勢いに押されて目を見開いたC.C.は、黙ったままカレンを見返した。
カレンの声の大きさに、周囲にいた団員も反応し、いつの間にかカレンとC.C.を取り巻くようにして人だかりが出来あがっている。
「‥‥一緒ではない。アイツなら明日には顔を出す、‥‥と言っていたぞ。後の事は本人が来てから直接聞け」
C.C.は不機嫌な声でそう言った。
それから人だかりを見渡して、目当ての人物を見つけると呼ばわった。
「朝比奈。わたしはピザが食べたい。注文しておけ」
一同の視線が一斉に朝比奈に向けられる。
「ぅわ‥‥っと。今ここでそれを言いますか?えーっと。来たらゼロの部屋に持ってけば良いのかな?」
視線にたじろいだ朝比奈は、大勢の前で言った事に対してのみ苦情を述べただけで、内容自体には何も言わずに従っていたのでみんなが驚く。
藤堂と四聖剣は「一体何事?」と言った表情で朝比奈を見るし、他の団員は「ゼロと三角関係か!?」なんて思っていたりする。
「あぁ。それで構わない。‥‥藤堂、扇。話がある。‥‥そうだな。邪魔の入らないところ‥‥ゼロの部屋で良いか。ついて来い」
それだけ言うと、C.C.は歩き出す。
団員の人だかりがザザッと割れる中、C.C.は気にせず通り過ぎ、顔を見合わせた藤堂と扇がその後に続いた。
「あ、おれも行って良いですか~?ピザの注文し終わったら~」
「‥‥貴様はピザと一緒になら入れてやる」
C.C.は振り返りもせずに朝比奈の問いに答え、聞いた朝比奈は早速とばかりにピザ屋に注文をするため電話を取った。
「第二のあれらを壊さないように箱に詰めろ。一度表に持って行く」
ゼロの私室に入って鍵を閉めた後、椅子を勧めもせずにC.C.は本題を口にする。
藤堂と扇は戸惑って顔を見合わせた。
「えっと‥‥すべて、か?明日にはゼロ来るってさっき‥‥」
「別に正確に一組分けられるのならそれでも構わないが‥‥。流石に表ではもう飾らないといけないからな」
正確に、と言われればひな人形についてあまり詳しくない彼等に反論の余地はない。
「‥‥あー‥‥朝比奈に無理なら、お手上げだな。‥‥扇は心当たりあるか?」
この場合の心当たりとは当然男性に限られる。
「う~ん。‥‥ちょっと思い浮かばないな」
「そうか。朝比奈待ちか」
そう呟いたC.C.はどっかとソファに座り、藤堂と扇にも座るように視線で促す。
そろそろとソファに座った扇の隣に藤堂も腰を落ち着けた。
「しかし、箱に詰めたとして、その後はどうするのだ?あれはかなりの重さになるが‥‥」
「あぁ。一番重いのは壇の枠組みだ。今回持って戻るのは人形と小物だけだから、わたしでも運べるさ」
C.C.は質問してきた藤堂を馬鹿にするように、「大体全部揃ってアイツが運んでいたんだぞ?」と云い添えた。
これには藤堂も扇も苦笑するしかない。
「わたしは第二には入れないからな。ちゃんと梱包しておけよ?転ぶつもりはないが、唯運んでいただけで破損したなんぞと言われるのは癪だからな」
「えーっと。もしかして、この『おつかい』もピザで‥‥なのか?」
「当り前だろう?今回は十枚かかっているからな。ふふふ、久々の大仕事だ」
心底嬉しそうなC.C.に尋ねた扇は少し後悔した。
「‥‥朝比奈とはどんな取引を?」
「ん?少し協力してやっただけだ。あれも中々おいしい仕事だったな。‥‥内容は秘密だ。知りたいのならば朝比奈に聞け」
にやりと笑うC.C.に藤堂は渋面を作った、‥‥朝比奈に聞いてもきっと答えまい。
「‥‥それで?ゼロの表でのトラブルとは?」
強引に話題を変えようと思ったのか、藤堂はC.C.への質問を変えた。
「‥‥はははは。大変だぞ、貴様等。明日、確かにゼロは来るには来るが‥‥。機嫌は恐らく最悪だろうからな」
一瞬の沈黙の後、C.C.は乾いた笑いを立てて、藤堂と扇に同情を示した。
「ちょっ‥‥ちょっと待て。最悪って、ホントに表で何が有ったんだ?」
「‥‥仮名を『ゼロ』とするぞ。『はーい。この電話は「ゼロ」ので~す。ただいま忙しくって電話に出る事は出来ませ~ん。どちら様ですか~?』と声が聞こえた」
藤堂はあの時か、とC.C.が電話を耳にあてたままこの部屋に引き込んだ時の事を思い返した。
「友人Cと出ただろ?約束が有るのだが?『えーっと、それはキャンセルで~す。「ゼロ」は今内職に励んでますから~2、3日は外出不可ですね~』」
「「‥‥内職?」」
二人の呟きが重なった。
ゼロが内職‥‥凄く似合わない‥‥と思ってしまってもそれは仕方がないだろう。
内職で生計を立てるゼロ、内職でピザ代を稼ぐゼロ、内職で活動資金を貯めるゼロ‥‥。
事実だとすれば悲しすぎる‥‥‥‥。
「ツッコミどころが違うぞ貴様等。『え?えーと。人形の修繕で~す。じゃあまたね~』ガチャン、だ。戻ってみると案の定だ。‥‥恐らく第二と同じ惨状だな」
「‥‥‥‥つまり、一組流した友人、の人形も結局ゼロが修繕する事になったって事か、な?」
同情しながらも確認の言葉を紡いだ扇に、C.C.は笑いもせずに肯定した。
「当たりだ、扇。どうやら、友人宅でも職人が見つからなかったらしいな。しかもそれをギリギリになって唐突に言いだす。まぁいつもの事らしいが」
ゼロは表でも苦労しているんだな、とは扇も藤堂も言葉には出来なかった。
コンコンとノックが聞こえ、「C.C.~。ピザ持って来たから入れて~」と廊下から朝比奈の声が聞こえて来るまで、その場は沈黙に包まれていた。
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作成 2008.02.25
アップ 2008.03.01
第二会議室の中で、部屋の隅に置かれた椅子に座ったまま、ディートハルトは室内を見渡していた。
別の隅には階段状に組み立てられた枠組みがあり、会議机の上には大量の人形や小物が所狭しと並べられている。
それはバラバラに引かれた椅子の上にも言える事だった。
連絡を受けて説明もそこそこ駆け付けた扇は、まさにそれらに手を伸ばそうとしていたディートハルトをすんでのところで制止するのに成功していた。
団員の一人に、まだ外にいるだろう朝比奈を呼びに行かせ、扇自身はディートハルトを人形から離した隅に座らせて監視していた。
唯でさえ、ゼロが来なくて不安に思っているところへ、除外リストに載っているディートハルトが第二に入ったと知られたらと思うと、と扇はゾッとする。
今度は自主的にどのくらい顔を見せなくなるか知れないからだ。
ディートハルトが第二を覗くことを諦めていない事は知っていたというのに、隙を作ったのは扇達なのだから弁解のしようもない。
それでも不用意に触られて壊されなかった事にのみ、少しだけ安堵する扇だった。
軽いノックに続いて扉が開き、藤堂と朝比奈、仙波、卜部が入って来る。
扉から見えた廊下には見張りしかいないようだった。
扇は藤堂の姿を見ていつも通りなのにホッとする。
「‥‥ホントに入ったんだ。‥‥しぶといというか、執念深いよね、大概」
ディートハルトの姿を確認するなり、朝比奈がボソリと呟いた。
「なんとでも。‥‥しかし、これは?ゼロの表の顔が人形屋だとでも?」
ディートハルトは開き直り、室内を見渡しながら問いかける。
扇と朝比奈は顔を見合わせ、「人形屋‥‥?」と同時に呟く。
改めて室内に並ぶ人形を見回せば、八割がた綺麗になった人形の中に、まだ痛んだままの人形が見える。
どう見てもここで修繕しているとしか思えないし、その為の道具も材料も見られるので、そう思うのは確かに無理はないかもしれないと思う。
実際、最初に箱から出て来た時の惨状を知っているだけに、扇も朝比奈も思わず頷きそうになってしまった。
「今問題なのは、ゼロの表の姿ではないはずだな?ディートハルト。何故入った?」
藤堂がディートハルトに向かって冷たく言い放つ。
「隙が有れば突入する。それがジャーナリストですから」
笑って答えるディートハルトは全く悪びれない、どころか、隙を作る方が悪いと言わんばかりである。
「こやつ、ぬけぬけと。‥‥どうなさいますか、藤堂中佐」
仙波が忌々しげにディートハルトを睨みつけ、視線を藤堂に向けてから問いかける。
「‥‥口を閉ざす気があるなら、不問にしても良い」
藤堂の言葉に、ディートハルトを含めた一同が驚きの顔で藤堂を見た。
「藤堂さん?‥‥一体どうして‥‥」
朝比奈が訝しげに問いかけるが、藤堂の視線はディートハルトに固定されたまま返事がない。
「‥‥‥‥良いですよ。ゼロに黙っていてくださると言うのならば、沈黙を守っても良いですが、何故?」
「その言葉、忘れるなよ。‥‥少なくとも二日。ゼロが来ない。順序は逆になるが、ディートハルトの侵入のせいにする」
「‥‥って待って下さい。それは‥‥」
藤堂の言葉に、ディートハルトは慌てる。
そんな事になれば、女性陣からどんな目に遭わされるか、いやそれよりもそれでは絶対ゼロの耳にも入るではないか。
しかし、藤堂が直接ゼロの耳に入れないのであれば「黙っている事になるなぁ」‥‥と扇と四聖剣の三人はディートハルトの苦情を聞き流す。
「藤堂さん?ゼロに何か有ったのか?それに少なくともって‥‥」
扇はディートハルトの慌て振りを無視して、こちらも慌てて藤堂に尋ねる。
「‥‥わからん。C.C.は他には『表でトラブル』としか言わず、そのまま駆け去って行った。後を追ったが見失ってしまったし‥‥」
「あ、それであんなところで立ち尽くしてたんですね、藤堂さん。‥‥でも、あそこ、行き止まりでしたよね?」
「てか、二日もゼロいなくて良いのか?三月入っちまうぞ?」
「だから『トラブル』なんでしょ?卜部さん。‥‥とりあえず幹部だけで良いですか?藤堂さん。ゼロの不在はディートハルトの所業が原因って伝えるのは」
「ですから、待って下さいと申し上げているでしょう」
「‥‥あぁそうだな。頼む」
「判りました~。行きましょう、仙波さん、卜部さん」
ディートハルトの声は無視して、会話を成立させると、朝比奈は仙波と卜部を連れて外に出て行った。
「‥‥えーっと。ホントに良かったのか?ディートハルトの事‥‥」
扇は躊躇いがちに、流石にどうかなと藤堂に尋ねる。
「流石に、ゼロの不在の原因にはなりたくないのですが」
「しかし、先に言ってあったはずだな。除外リストの誰か一人でも入ればゼロが表に戻るという事は。前後していても内容は変わらないだろう」
ディートハルトの苦情を一蹴する藤堂はかなり機嫌が悪いらしい。
「ですが‥‥」
「‥‥責められるのが嫌なら、謹慎を喰らったとでも言って、留守にしているか?‥‥情報は流して貰わなければ困るが」
それでも食い下がる相手に対して、溜息を零した藤堂の提案に、ディートハルトは飛び乗った。
「ではそうしましょう。‥‥ほとぼりが冷める‥‥頃合いは何時頃でしょう?」
「3月5日か6日くらい、かな?」
「そうだな。そのくらいまで来るな」
扇と藤堂は顔を見合せてそう応じた。
ディートハルトがひな祭りを知らないのならば、知らないままでいた方が、周囲の、ひいては日本の為のような気がしたからだ。
その日、幹部に対し、ゼロの数日の不在が告げられ、その原因として挙げられたディートハルトもまた姿を消していた。
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作成 2008.02.25
アップ 2008.02.29
藤堂はふと作業の手を止めて、窓の外に視線を向けた。
外は既に茜色に染まって暫く経っている。
俗に言う夕方だし、もう少しすれば、夕日が沈んで夜が来るだろう。
しかし今日はまだゼロが来ていない。
あの日以来、ゼロは言った通り、早い時には昼休憩が終わり午後の作業を始めて暫くくらいには着いていた。
遅い時にでも、空が茜色に染まり、夕日が地平線にかかる前にはやって来ていたのだ。
視線を室内に戻すと、朝比奈と扇がやって来るのが見えた。
「藤堂さん。ゼロ、まだ来ませんよ。どうしたんでしょうね」
朝比奈が声を落として尋ねる。
「‥‥わからん。‥‥日が沈むまで待って、それでも来なければ、連絡を入れてみた方が良いかもしれないな」
藤堂は難しい顔をして応じる。
ゼロならば、不測の事態が起きれば、連絡してくるくらいしそうなだけに、余計に不安になるのだろう。
「わかった。‥‥後一時間経ってまだ来ないようなら連絡してみる」
扇も真剣な表情で頷いた。
しかし、事はそれ程簡単な事ではなかったのだ。
結局ゼロは日が沈みきっても姿を現さず、時間になった為に連絡を入れてみた扇は繋がらないままコールを切る羽目になったのだ。
藤堂はゼロの私室を訪れ、ノックする。
いないかも知れないとも思ったが、暫く待った後、扉が開いてC.C.が顔を出した。
「どうした?藤堂。‥‥アイツならいないぞ?」
「知っている。まだ来ていない。‥‥連絡すら取れないのだが、‥‥連絡手段は有るだろうか?」
藤堂の言葉に目を細めたC.C.は、「なんだってわたしが‥‥」と言いながら取り出した携帯でコールを掛けた。
携帯を耳にあてたまま、C.C.は眉を寄せると、空いた片手で藤堂に待てと示すと、部屋に入って行った。
藤堂は扉にロックがかかる音を聞きながら、眉間に皺が寄るのを感じていた。
待つ事しばし、‥‥いやかなり。
出て来たC.C.は藤堂を無視して通り過ぎようとした。
「待て、C.C.。どこへ行く?」
慌てた藤堂が声を掛ける。
「どけ。‥‥あぁ。そう言えば、アイツの事を聞いていたか‥‥。そうだな、二日程来れない。表でトラブルだ」
足を止めて藤堂を振り返ったC.C.は、再び足早に歩き出した。
渋面を張り付けた藤堂が後を追う。
「待て。連絡がついたのならば、それをみんなに」
「本人は出なかった。‥‥だから言ったろう?トラブルだと。急いでいるのだ。ここは任せる」
言うなり、C.C.は走り出した。
納得していない藤堂は、少し遅れて後を追いかけた。
アジト内で走ったところを見た事のない、いつものんびりと構えているC.C.が走る姿に驚いた団員は茫然と少女を見送った。
しかし、その後をやはりアジト内で走ったところを見た事のない、どっしりと構えている事の多い藤堂が追いかけて行ったとなると話は別だった。
ゼロについて聞きに行っていた事を知っている朝比奈と扇は驚いたが、ゼロに関する事で何か有ったのだと悟り、即座に藤堂の後を追いかける。
朝比奈までついて行った事に更に驚いた残りの四聖剣が続く。
更に遅れて残りの幹部が続き、果ては平の団員までがわけもわからず後を追う始末だった。
ラクシャータは一人、遠目にそれをのんびりと見ていた。
しかし、平の団員は格納庫の入口で止まってしまう。
入口を出たすぐのところで、元扇グループだった幹部達(-扇)が立ち止まっていたからである。
元扇グループの幹部達もまた最初の角で四聖剣(-朝比奈)が止まっているのを見て立ち止ったのだが。
更に言えば、四聖剣の三人もまたまた、その先で朝比奈と扇が戸惑った様子で立ち呆けているのを目にして止まってしまったのだ。
「朝比奈。‥‥それに扇さんも。‥‥一体何が有ったんだ?」
いつまでも茫然と見ているわけにもいかず、暫くの後、気を取り直した千葉が二人に近づきながら声を出す。
その声にやっと気づいたのか、朝比奈と扇が驚いたように千葉を振り返る。
千葉の後ろに仙波と卜部が、更にその後ろに玉城や井上達が、ぞろぞろと顔を見せ始めていた事に、二人は驚いた。
「扇さん。みんなを戻さないと、騒ぎが大きくなったら見つからないとも限らないし」
「‥‥そ、そうだな。‥‥ここは、‥‥任せて良いかな?」
「はい‥‥。そっちは頼みます」
どちらもが引き攣った表情で言い合い、扇は四聖剣の横を通り過ぎながら、「お前等良いからアジト内に戻れ」と他の幹部と平団員に声をかけた。
最後に玉城が文句を言いながらもアジト内に消えると、その辺りはシンと静まり返った。
「それで?朝比奈。藤堂中佐は何処に?」
ゆっくりと朝比奈に近づいた仙波が、有無を言わさぬ迫力で訊ねる。
「‥‥そこの路地‥‥です。‥‥えーっと、立ち尽くしている、と言うか‥‥」
朝比奈は困惑気味に先程まで扇と一緒に見ていた路地を指し示しながら応じた。
「中佐はC.C.を追っていたはず。C.C.もそこに?」
千葉が訝しげな表情で更に問いかける。
「いや‥‥いたら、藤堂さんだって立ち尽くしてたりなんてしませんって」
朝比奈が首を振って応じた時、バタバタと駆け寄る足音が近づいて来て、団員が一人顔を出した。
「朝比奈さんッ。扇さんがすぐに戻ってくれって。‥‥ディートハルトさんが第二会議室に入ったって」
「げッ‥‥。こんな時にッ。‥‥藤堂さんッ、聞こえましたか~。大変ですから、戻りましょう」
小さな声で呻いた朝比奈は路地に向かって声を投げた。
「入ったのはディートハルトだけか?」
路地から出て来た藤堂が、団員に掛けた声は、かなり低かった。
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作成 2008.02.24
アップ 2008.02.28
その日から、第二会議室の前に、いや入口を臨む少し離れた位置に、歩哨が立つ事になった。
元より幹部しか入れない部屋だが、今回一時的に女性幹部を締め出す事になったからだ。
扇達も、まさか首の取れたひな人形や修繕の要するそれを、女性に見せたいとは思わない。
カレンなど少しかわいそうと思わないでもなかったが、ここは心を鬼にしようと決めたのだ。
ちなみに、玉城とディートハルトも除外リストに載っている。
玉城は「けッ」と言っただで以降近寄ろうとはしなかったが、ディートハルトは違った。
「何故わたしまで入れないのですか?」
声が刺々しいのは、告げたのがゼロではなかったからである。
扇と朝比奈は同じ思いで顔を見合わせた。
「決まってるじゃないですか!ゼロの仕事の邪魔になる可能性が高いからです!」
朝比奈がこちらも怒ったように言い返した。
「なッ‥‥わたしがゼロの邪魔をするハズがないでしょう」
「まあ今回は諦めてくれないか?ディートハルト」
扇が下手に出ながら言い聞かせる。
「リストに載ってる誰か一人でも中に入ったら、ゼロ表に戻るッて言ってるんですから。そーなったらおれ達だって仕事にならなくなるんですからね」
朝比奈が「だから退くつもりはない」と言い切った。
「‥‥アレだけ仕事を振ってもまだ手持ちがそれ程?」
朝比奈の言葉にディートハルトが不意に真面目な表情になって尋ねた。
「あー‥‥今は表も何かと忙しいらしいんだ。本来なら少しでも時間が空いたら表に戻りたいらしいんだけど、移動に割く時間が無駄だからッて‥‥」
「‥‥‥‥でしたらゼロは現在、表の仕事を?」
キラリンと、ディートハルトの瞳が怪しく光るのを、朝比奈と扇は確かに目にした。
「「‥‥‥‥‥‥」」
二人は素早く視線を交わし、同じ思いなのを確かめる。
この先、この男だけは徹底的に排除しよう、と。
「ノーコメント。仕事まだあるんじゃないですか?さっき回しましたよね?それともまだ要りますか?」
朝比奈が事務的な声で矢継ぎ早にディートハルトに切り返した。
「‥‥わかりました。今は大人しく引き下がります、が。‥‥また来ますから」
「来なくて良いって。質問はおれか扇さんか藤堂さんにする事。ゼロに直接質問したいなら、アジトに来た直後、くらいしかないからね」
立ち去ろうとするディートハルトの背中に向かって朝比奈がそう声を投げた。
「カレン。ホントに知らないの?第二(会議室)の秘密」
井上がカレンに声を掛ける。
場所はトレーラーの一階で、同席するのは女性幹部だけだ。
「はい。‥‥ゼロが持って来た私物を置いてあるってくらいしか‥‥」
「私物ねぇ?玉城が壊したって言うあれ?」
井上に強引に引っ張って来られたラクシャータは気のない相槌を打つ。
「はい、それです。‥‥あのゼロが、暫く固まったくらいショックを受けてたから‥‥とても気になるんですけど‥‥」
「扇さん達はなんて?」
井上がカレンに問いかける。
「教えてくれません。『時が来るのを待て』としか‥‥」
項垂れるカレンを他所に、井上は今度はやっぱりラクシャータ同様、強引に連れて来た千葉を見て問う。
「藤堂さんと朝比奈さんは?他の四聖剣の人とかも入ってるんですよね?彼等は?」
「中佐も朝比奈も何も言わないな。‥‥仙波さんと卜部さんも教えてくれそうにない」
千葉は首を振って答えた。
「ん?なんの集まりだ?女ばっかり固まって」
その時C.C.の声が聞こえ振り向くと丁度二階から降りて来るところだった。
「C.C.。ゼロが持ち込んだ私物が何か、知らない?第二会議室に置いてあるんだけど」
カレンが訊ね、他の三人と一緒になってC.C.を見る。
「‥‥‥‥。ん?あぁ、あれか。あれは出来上がりが楽しみだぞ。アイツは中々に器用だからな」
一瞬首を傾げたC.C.だったが、思い当たった後は、珍しく純粋に楽しそうな笑みを見せて言った。
「‥‥出来上がりが‥‥とは、それまでは楽しくないのか?」
「当り前だろう?あんなの、わたしはゴメンだな。完成品を見るだけの方が楽しいに決まってる」
千葉の疑問にも、C.C.はキッパリと肯定した後、「他に質問がないなら行くぞ」と言ってそのまま出て行ってしまった。
「‥‥わたしは、許可が下りるまで待つ事にするよ。‥‥元からそのつもりだったが」
千葉がカレンを見ながら言った。
「そーねぇ。興味なかったんだけど、完成品とやらはみたいかもねぇ」
ラクシャータはそう言いながらもやはり気のない調子だ。
「あそこまでキッパリ言われちゃったら仕方ないか。カレンはどうするの?」
井上も降参して天井を見た後、カレンに問いかけた。
「‥‥‥‥‥‥。待ちます」
暫くの沈黙の後、カレンはそう応じた。
「助かったよ、C.C.」
「朝比奈、か。‥‥ピザ5枚、忘れるなよ」
「もっちろん。ちゃんと献上するよ。‥‥けどさ。C.C.のあれ、本心だったの?」
「当り前だろう?あんなもの、途中経過を誰が見たがるんだ?」
「いや、まぁ、そーだけど。‥‥てか、良く知ってたね」
「‥‥まぁ、この地もそれなりに長いからな。もう行く。ピザは忘れるな」
「はーい。ばいばい、C.C.」
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作成 2008.02.23
アップ 2008.02.27
第二会議室へと移動したのは、箱を持った藤堂を先頭に、朝比奈と扇、そしてゼロの4人。
藤堂は会議机の上にそっと箱を置くと、少し下がり、代わりにゼロが箱に近づいた。
そして無造作に躊躇いなく箱を開けたゼロは、中身をそっと取り出して机の上に並べて行く。
「‥‥‥‥‥‥これって‥‥ひな人形?」
扇が唖然として呟いた。
「そうだ。知人から『かなり傷んでいるが』との注釈つきで譲られてきた。忙しくて修繕する時間が余り取れなくてな。仕方なく持って来たんだ」
ゼロは動じた様子もなく事情を説明した。
「修繕する時間って、自分でするのか?」
「当り前だろう?今は職人もほとんど姿を消しているからな。‥‥これか、壊れたのは‥‥」
そう言うゼロの手には、首と胴が泣き別れになった人形が一つ。
「まぁ、確かにこんな状態のを女性に見せるのはどうかと、おれも思いますね。‥‥ところで、ゼロ。おひな様が二人いる気がするんですけど?」
朝比奈が箱を覗きながら訊ねる。
「二組あるからな。本当は三組有ったんだが、流石にそれは無理だと思って一組はそのまま友人に流した」
ゼロは人形を見る為に俯いたまま、それでも問いには律儀に答えている。
「‥‥どうしたんですか?藤堂さん。さっきから難しい顔してますけど」
朝比奈の言葉に、扇などは「藤堂さんはいつも難しい顔してるだろう?」と思うのだが、見る人が見れば違うらしい。
「‥‥いや。‥‥先程は『手を貸す』‥‥と言ったが、流石にこれは‥‥」
「あ、確かに。小物とかならともかく、人形自体はどうすれば良いのか。ゼロ、ホントに修繕出来るんですか?」
言い淀む藤堂の言葉に、朝比奈も頷く。
扇も他人事ではないながら、思わず人形の修繕をしている藤堂を思い浮かべてしまい笑いを堪えた。
「あぁ。少々手間だが、この程度なら綺麗に直るだろう」
何でもない事のように言うゼロに、三人とも「器用だな‥‥」と思う。
「な、なぁ、ゼロ。‥‥騎士団での仕事を引き受けるから、それで良いだろうか?」
扇もダメだと思ったのだろう、そう提案した。
「‥‥そうだな。ゼロでなければならない事が有れば、ここに聞きに来よう」
「そうですね。すぐ聞けるところにいてくれるだけで随分と助かるし、なんとかなるかな?」
藤堂と朝比奈も扇の提案に賛同した。
「‥‥‥‥。助かる」
ゼロは三人を見渡してからソッポを向くと、ポツリと呟くように言った‥‥ッて、まさかテレたのか!?
「‥‥ッあ、じゃあ早速だけど、ゼロ。仕事持ってるやつでおれ達に出来そうなの、回しなよ」
人形を扱うゼロよりも珍しいモノを見た気になった朝比奈が、慌ててそう尋ねた。
ゼロは持っていた壊れた人形を一旦机に置いた後、箱の中からファイルケースを取り出した。
「こっちが軍事用、作戦概要や訓練メニュー、行動予定ルートなど。これは騎士団の運営、キョウトや他のグループとの連携などに関する情報。‥‥後は、」
それぞれがかなりの枚数をまとめてある、書類を机の上に置きながらゼロは大まかな概略を説明する。
「ち、ちょっと待った、ゼロ。その書類、それぞれ凄いんだけど。一体どれだけ仕事抱えてたのさ」
「さぁ、思いつく限りだが。これでもリーダーだからな。全体もそれぞれの要点も詳細も把握しておく必要がある。目が届かないところから腐敗は始まるモノだ」
速攻でゼロの言葉を止めた朝比奈に、やっぱりゼロは淡々と説明する。
「えっと、こっちが藤堂さんで、こっちは扇さんっと。じゃ、続けて」
「これは今後の大まかな予定表‥‥見込みや展望も含まれているが。後は物資の補給計画とその概算、ナイトメアフレーム関連と、入団希望リスト‥‥だな」
「‥‥予定表はおれと藤堂さんも見た方が良いな。ナイトメア関連はラクシャータに回しておこう。入団希望リストはおれが先に目を通しておくで良いかな?」
「じゃあおれは物資の補給計画?四聖剣とー‥‥。杉山さんとか南さんに手伝って貰っても良いよね、扇さん?」
「‥‥‥‥‥‥。言っておくが、どれもまだ煮詰まっていないからな。下の者に開示する時には気をつけてくれ」
3人がそれなりに張り切って分担しようとしているのを見て、ゼロは注意点としてそれだけを口にした。
「承知した。‥‥それで、ゼロは当分表には戻らないのか?」
藤堂が書類を受け取りながら、要点を確認する。
「‥‥そうだな‥‥。夜はいつも通りの時間に戻る事になるだろう。来るのが‥‥早くなる。昼下がりから遅くとも夕方くらいには着けるだろう」
ゼロは予定を思い浮かべながら、そう告げる。
「ならば来た後、一時間程、報告と指示に時間を割いてくれ。後は随時、と言う事でどうだろうか?」
「あぁ。それで良い。‥‥すまないな、藤堂。それに扇、朝比奈。‥‥世話を掛ける」
「たまには良いさ」
藤堂は珍しく笑って応じる。
「ですよね。もうずっと、ひな壇も、鯉のぼりも見てないんですから。ここにも飾るんですよね?ゼロ」
朝比奈もまた楽しそうにそう言って、まだ痛んだままの人形に目をやった。
「あぁ、カレンにも言ったからな。‥‥一つはここに飾ろうと思う」
「あれ?ゼロ。二組とも別のところに飾る予定が有ったんじゃないのか?」
「最初はその予定だったのだが、一組譲った先が、その内の一つに飾る!と張り切っていたから任せる事にした」
首を傾げる扇に応えたゼロは、「それもあって持って来たんだ」と言った。
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作成 2008.02.21
アップ 2008.02.26
二月の下旬。
いつものように騎士団のアジトに顔を見せたリーダーのゼロは両手でかなり大きな箱を抱えていた。
下っ端の団員は、好奇心に満ちた視線を向けたものの、声をかけられないまま見送った。
その後、幹部だけがいる場所をゼロが通りかかった時、玉城が行く手に立ち塞がった。
その場には他に扇とカレン、藤堂と朝比奈がいる。
「‥‥‥‥邪魔だ」
立ち止まらざるを得なかったゼロは不機嫌そうに言う。
「それ、なんだ?」
玉城はゼロの抱える箱を指して尋ねる。
「‥‥何故教えなければならない?」
ゼロの声に、不機嫌に訝しさも加わったようだ。
「‥‥んと。‥‥‥‥もしかして、私物?」
朝比奈が「まさかねぇ」と思いながら尋ねると、ゼロはあっさり頷いた。
「時間的都合上を考慮した結果だ。空き時間が多少取れても表に戻る程はない状況が、しばらく続きそうなんでな」
移動時間が勿体ないとゼロは言う。
「‥‥じゃあ、着替え‥‥とかか?」
扇が躊躇いがちに尋ねる。
「いや?それは既に用意している。今までだって泊まった事は何度もあるだろう?」
「‥‥抱え難そうだから運んでやるよ」
何を思ったのか、いきなり玉城はそういうと、ゼロの持つ箱に手を伸ばした。
「よせッ」
咄嗟にゼロは後ろに引いてその手を避けた。
避けられた事で玉城はムキになった。
「ちょッ‥‥玉城!いい加減にしときなさいよ」
避けるゼロに更に手を伸ばす玉城にカレンが声を掛ける。
「乱暴に扱いそうな奴に持たせる気はない。中に入っているのは壊れ物ッ‥‥!」
言葉を重ねなからも玉城の手を避けていたゼロは、それでも箱を奪われるようにして取り上げられ、更には勢い余って箱ごと倒れた玉城に言葉をなくした。
玉城の呻き声と箱の中で何かのぶつかる音に、一同固まった。
「‥‥‥‥あちゃー。もしかして、壊れた?」
朝比奈の渇いた声が虚しく響く。
我に返った藤堂が未だ倒れたままの玉城から箱を持ち上げた。
向きを正位置にそっと戻す間にもカチャカチャと音が聞こえ、藤堂は眉を寄せた。
カレンはゼロが固まったままなのを気にしている。
「ゼロ。ここで中を確認してみるか?」
藤堂は箱を持ったままゼロに声をかけた。
「‥‥‥‥ここで、だと?」
ギギギィ‥‥とゼロの仮面の正面が玉城から藤堂に移動する。
そのロボットのような動きに玉城は背中を伝う冷たいモノを感じた。
そんな動きで見られた藤堂もまた一瞬固まった。
「‥‥ゼロ。表の事でも、手伝える事なら手を貸す。だから無理はするな。というかしないで欲しい」
気を取り直してそう言った藤堂は、それなりに重い箱を側の机の上に置いた。
藤堂はこれをゼロが一人でこのアジトまで運んで来たのかと思うと、彼の体力のなさは周知の事実なので驚いていた。
玉城が足止めした事でゼロが不機嫌になったのは、荷物の重さにも一因があるに違いないと藤堂は思う。
ゼロが藤堂の言葉に一同(当然ながら玉城は除く)を見返すと、それぞれがしっかりと肯いた。
「そうか‥‥。カレン」
「はい、ゼロ」
真っ先に呼ばれたカレンは、喜んで返事をする。
「女性団員に『当面第二会議室への入室を禁じる』と伝えて来てくれ」
元から第三までは幹部しか入れない為、該当者はカレン、井上、千葉にラクシャータだけだ。
意味がわからずカレンは戸惑った表情で固まる。
「藤堂、この箱は第二に運んでくれ。‥‥そこで壊れ具合を確認する」
上体を起こして床に座り込んだ姿勢のままゼロを見た玉城が、「へっ」と笑う。
「なんだぁ?ゼロ。その中身、女に見られたくないもんなのかぁ?」
締め出しを喰らった事と、玉城の言葉に、カレンはショックを受けた。
「貴様も入るな、玉城。‥‥これ以上壊されたくはないからな」
キッパリ冷やかに言い切るゼロは、カレンがまだ残っている事に気づいた。
「‥‥どうした?カレン。‥‥四人の場所がわからないか?ラクシャータと千葉は格納庫にいるはずだし、井上は」
「そうじゃないです、ゼロッ。‥‥あの、‥‥その箱の中身は‥‥わたし達には教えてくれないのですか?」
見当違いな事を言うゼロの言葉を遮って、カレンは決死の覚悟で訊ねていた。
「‥‥そうではない。‥‥いや、壊れていたり、出来あがっていない物を見せる気にはならないだけだ。‥‥そうだな、出来たら見せよう」
カレンはゼロの言葉に、玉城が言ったような事ではないと察して、ホッと息を吐いた。
「わかりました、ゼロ。それまで待っています。‥‥じゃあ、伝えてきますね。‥‥あれ?四人って‥‥?」
カレンはそう応じて、立ち去り掛けたが、ゼロの言葉に引っかかりを覚えて聞き返した。
「ここにいないのは、井上とラクシャータ、千葉さんと‥‥?」
扇が指折り数えて名を挙げるが、四人目が出て来ず首を傾げる。
「‥‥C.C.だ」
ゼロは少しの間を置いてから、ボソリと答える。
「‥‥‥‥C.C.ね‥‥。わ、‥‥わかったわ」
カレンは「確かに、あの人だけ入るなんて許さないわ」と内心で思って頷くと、よろよろと出ていく。
とある件に関してのみ、カレンとC.C.は仲が悪い事を、ゼロだけは知らないので、その様子を不思議そうに見ていた。
藤堂はカレンの背中を見送った後、再び箱を抱えると第二会議室に向かって歩いて行った。
その後ろを朝比奈が追いかけ、中身が気になる扇が続く。
ゼロは立ち上がる玉城に「貴様は来るなよ」ともう一度念を押してから、後に続いた。
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作成 2008.02.20
アップ 2008.02.25
ピルルルルー
受信音が鳴り、ゼロが携帯を取り出す。
「表だ。暫く黙っていてくれ」
ゼロは言い、手を伸ばしてから通話ボタンを押した。
『ルルルルルルルル~~。今どどどどこにいいいいるんだぁあ~~』
裏返りまくった声がスピーカーにしているわけでもないのに、藤堂の耳にも入って来た。
「‥‥リヴァルか。‥‥人の鼓膜を破る気か?少しはトーンを落としてくれ」
『あれは一体、どーいうことだよ、ルルーシュ。何で担任が、担任が勝手にお前達が転校したなんて言うんだぞ~~。どーなってるんだ?』
「やむを得ない事情が‥‥」
『なんだよ、それは。ミレイ会長も留守だし、なんだってこんなタイミングで居なくなるんだ?スザクも来ないし、カレンさんも休みだし‥‥』
「本国に戻るんだ。‥‥ていうより戻されると言うか‥‥とにかくもう時間がないんだ。会長にはすまないと謝っておいてくれないか」
『なんだよ、それは。おれには一言もないってのか~?』
「悪いなリヴァル。出来るだけ早くケリをつけて、また戻れるように努力はするつもりだ」
『‥‥ルル、いつから知っていたんだ?いつから黙ってた?』
「一昨日、だ。‥‥おれもいきなりの話だったから、ナナリーの説得と、心の準備だけで手一杯だったんだ‥‥。すまないなリヴァル」
『ぅ‥‥。そ、それなら、仕方がないけど‥‥。その、他のみんなには‥‥』
「会長には連絡を入れるよ。‥‥他は落ち着いてから、連絡しようと思う。‥‥だから」
『わーった。なら、おれは納得したし、戻ってくるの待ってるからさ。ちゃんと連絡してやれよ。‥‥あ、おれにもまた連絡くれ』
「わかった。‥‥じゃあな、リヴァル」
結局ゼロは腕を伸ばしたまま会話をしていて、藤堂は相手の声まで拾う羽目になった。
ゼロは通話を切ってから、溜息を吐き、藤堂を見る。
「‥‥もう一本、電話を入れる」
と断ってからコールする。
「会長、おれです」
ゼロの声に、藤堂は相手がミレイ・アッシュフォード、つまり騎士団に来ている人物である事に気づいた。
「いえ、経過報告をと思いまして‥‥。キョウトとは話がつきました。三日後、黒の騎士団を護衛につけてくれるそうです。合流の手はずを」
今度は相手の声は聞こえてこず、藤堂は黙ってゼロの言葉を聞いているだけだ。
「‥‥そうですか。流石ですね、仕事が早い。ではまた連絡を入れます」
既に合流を果たしている事に、彼等を褒めたのか、騎士団を褒めたのか、それとも桐原の行動を褒めたのか。
「‥‥リヴァルからならおれも連絡を貰いましたよ、先程。‥‥でも、仕方が無いですし‥‥お小言なら後で幾らでも。では会長、頼みます」
通話を切るとゼロは再び溜息を吐いた。
「‥‥ゼロとは別に、行動をおこしているルルーシュ・ランペルージを演じているのか?」
「そうだ。ミレイとロイドには悪いが‥‥」
「それで良いのか?騎士にとまで望んでいたのならば、希望が断たれれば後を追うかも知れないのだろう?」
「ミレイも、ロイドも‥‥おれを裏切らないだろう‥‥そう思っている一方で、裏切られるかも知れないと恐れているおれが存在している」
「‥‥それは、‥‥おれや、紅月に対しても、か?」
「カレンは‥‥ゼロにはついてくるだろうが、ルルーシュの事は嫌っているからな。バレれば離れていくだろう。‥‥お前は‥‥」
カレンがルルーシュを嫌っていると聞いて驚いた藤堂だったが、藤堂自身への評価が気になってスルーする。
「お前は一度口にした事は、違えないだろうとは思っている。‥‥だが‥‥」
言い淀んだゼロは、フッと自嘲気味に笑う。
「これではトラウマだな。信じても、いや、信じた先から裏切られていく‥‥。望んだものはおれの手からすり抜けていく‥‥」
それは、信じた相手の裏切りが有ったからであり、その事が深くゼロの心に傷を作っているのだ。
「では何度でも誓おう。おれは君を。ゼロを、ルルーシュを、裏切らない。傍にいて支えたいと思う」
藤堂は真摯な表情で告げる。
「‥‥すまないな。疑り深くて」
「構わない。‥‥だが、君の騎士にと願っている三人に、君の死に絶望させないであげてくれ。彼等だけにでも真実を」
「カレンはおれの正体をまだ知らないからな。‥‥時間はないが‥‥考えておこう。‥‥ありがとう、藤堂」
ゼロは、苦笑でカレンを評し、それから思案気に応じてから、照れたのかソッポを向いて礼を言った。
「‥‥そういえば、何故、おれには話してくれているのだ?」
「誰か一人くらいは知っておいて欲しい、と思ったせいだろう。藤堂には四聖剣の説得を頼むつもりだったしな。どうやら必要なくなったようだが」
「あまりいじめないでやってくれ。奴等は奴等なりに懸命だ」
藤堂は悔しそうにしていた四聖剣を思い出して庇う。
「知っている。‥‥あれらはお前から離れないだろう?離す気もないしな」
さらりとゼロは肯定していた。
「では何故。かなり憤っていたぞ」
藤堂は訝しげに顔を顰めて見せた。
「‥‥まぁ、当然だろうな。おれが‥‥。わたしが四聖剣の言葉を疑ったとでも取ったのだろう」
ゼロは、一人称が変わっていた事に、今更気づいたのか途中で言いなおす。
「おれを助ける、見返り、か?」
「そうだ。‥‥だが、わたしは嫌々従わせるつもりは微塵もない。四聖剣を藤堂から引き離すつもりも。だから再度訊ねた。‥‥仙波には悪い事をしたようだが」
「おれは奴を知っているからな。‥‥ゼロ、礼を言う。それと、あの時は試すような事を言ってすまなかった」
苦笑を洩らすゼロに、同じく苦笑を浮かべて藤堂は応じ、それから笑みを引っ込めてから詫びる。
「気にしていない。‥‥そうそう、四聖剣には、キョウトまでのルートについて話していたとでも言っておいてくれ。詳細はここに」
ゼロはそう言うと一枚のファイルを藤堂に差し出し、藤堂はそれを受け取った。
「一読後、質問がないようならば、出発までに四聖剣に指示を。ナイトメアフレームは月下四機とサザーランド一機を予定している」
「サザーランド?それは誰が乗るのだ?」
「‥‥その気が有るならロイドが乗るだろう。‥‥まぁ余程の事でもなければその気にはならないだろうが。ミレイと咲世子さんも乗れるはずだし」
ゼロは当然のようにスラスラと言ってしまうが、藤堂は驚く。
「‥‥咲世子と言う日本人については聞いていなかったが‥‥?」
「あぁ。咲世子さんにはナナリーの世話をしてもらっている。ナナリーが騎士にするかどうかを検討していると言っていた」
「ディートハルトのスパイモドキなのだろう?」
スパイモドキに大事な妹を預けるのか、と藤堂は驚きと訝しみを持って訊ねる。
「表向きは、な。‥‥だが、真実探られて痛い腹は報告していない。‥‥ランペルージの素性とか、はな。あれは他の侵入を防ぐ防波堤でもある」
「‥‥二重スパイと言うわけか?」
「そうなるな。流石にそうでもなければ、ディートハルトまで関わりがあるとは気づけまい。全く油断も隙もない連中が多すぎるからな」
ゼロはそう応じてから、再び人差し指を口元へ持って行った。
「失礼しま~す。藤堂さん、ラクシャータが月下の調整をしたいから呼んで来いって言ってます」
藤堂がゼロを見ると頷くので立ち上がって扉に向かう。
藤堂が扉を開けるのを見計らってゼロが声をかける。
「では藤堂、後は任せる」
「わかった。ゼロも気をつけてくれ」
藤堂はそう返すと扉を閉めて朝比奈と共に格納庫へと向かっていった。
一人になったゼロは、仮面を外すと再び携帯を取り出す。
暫く携帯を見つめた後、コールする。
『は~い。どなたですか~?』
「‥‥ロイド。今、何処だ?」
『ちょ、‥‥ちょっと待ってくださいね~、我が君』
珍しく慌てた声の後、移動しているらしい音が聞こえる。
『助かりました~。もう少し遅かったら仕事場に着く所でしたよ~。‥‥やっと声が聞けた~』
「‥‥泣いているのか?」
ルルーシュは驚いた様子で訊ねる。
『ずっと待っていたんですよ~、ぼくはー。貴方が亡くなったと、そう聞かされた時から。‥‥何度後を追おうと思った事か‥‥』
感極まって泣いている様子が電話越しでも察せられて、ルルーシュは居心地の悪い思いをする。
「‥‥それはおれを責めているのか?不甲斐無い相手を選んでしまったと?」
『違います、殿下。‥‥ただ、お守りできなかった我が身を情けなく思って‥‥』
とんでもないとばかりにロイドは慌てて否定する。
「‥‥ナナリーには会ったな?ならばおれの今の名前も分かっているな?」
『はい、ルルーシュ・ランペルージ、ですね?』
「‥‥‥‥。そうだ。数日中に訃報が耳に入るはずだと、事前に知らせておいてやる」
『なッ‥‥‥‥。一体ッ』
「知らずに聞かされれば後を追いかねないと言われたから、今の内に知らせておく。箱庭を出ただけでは、調査の手は緩まないだろうからな」
『そんな‥‥フリだけで諦めるような相手ではないことくらい、貴方ならお分かりのはず。‥‥まさか本当に』
「フリだけだ。‥‥精々盛大にニュースを騒がせてやる。そうすれば少しは諦めもつくだろう?」
ルルーシュは言って、計画を話し始めた。
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作成 2008.01.15
アップ 2008.02.24