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──「影響と反響」編──
このところ、エリア11に駐留するブリタニア軍に、それは不祥事と呼んでしまっても差し支えない事件が起こっていた。
始まりは、第二皇子直属の部隊、通称特派の主任が姿を消した事。
のみならず、どうやら特派が唯一擁していたナイトメアフレーム「ランスロット」を持ち逃げしたらしい。
特派のメンバーは主任の出奔を知った時、さほど驚かなかった。
主任のロイドに次ぐ、しかし実際には一番力を持つセシルもまた、「ロイドさんったら~」の一言で笑って済ませてしまったくらいである。
勿論、それを部外へ見せる事はしない。
やってきたスザクがランスロットがない事に気付き、慌てて駆け込んで来るその直前まで、トレーラーの中は陽気ですらあった。
「主任、一人で出てったんですかぁ?」
「あの人はなぁ。おれ達一生お供するってあれッだけ言ってたのにさぁ」
「セシルさん、どうにかなりませんか?」
「そうねぇ。ロイドさんの出奔先は調べるとして、とりあえずは、ホントに無関係なんだから疑われないようにしましょうね」
「勿論ですよ。こんな我々に無断で、ランスロットだけ持ち逃げするような人の為に疑われたんじゃ割に合いませんし」
「あら?スザク君が来るわ。彼に悟られるのも厄介よね?」
笑顔で言うセシルに、技術者一同頷き、それぞれ素早く室内のいたるところに散った。
バタンと扉を壊さん勢いでやってきたランスロットのデヴァイサー、枢木スザクが駆け込んできたのは、その直後だった。
スザクが室内で見たものは──。
陰気の縦線が無数に見えかねない、空気すら重たい場所だった。
特派の技術者の半数が床に座り込んでいた。
床に人差し指で「の」の字を書いている者がいる。
床を向いてぶつぶつと呪いか念仏のような呟きを呟き続けている者がいる。
ただ、俯いているだけの者もいた。
残りの半数も、何人かはモニターに視線を向け、普段は忙しなく動いている腕をだらりと落として、他はランスロットが有るはずの場所を見つめていたりしていた。
そして──。
「スザク君。‥‥貴方も、聞いたのね」
どこか取り乱したようにセシルがスザクに声を掛けてきたのだ。
「‥‥‥はい」
スザクは返事をして俯く。
「ごめんなさいね、貴方を引き込んだのはわたし達なのに、このままランスロットが戻らなければ」
「ぼくの事よりも、ロイドさんは一体、どこへ‥‥」
「それが‥‥。わたしも誰も、何も聞いてなくて。ロイドさんもスザク君もいなかったから、わたし達がいない間に出動が有ったのかと思ったくらいなのよ」
顔を上げたスザクはセシルの話を聞きながら、ランスロットの有った場所を見上げた。
何もない空間がそこに広がっていて、今更ながらに寂寥感を覚えた。
「義兄上は何かご存じないのですか?」
コーネリアが通信画面の向こう側で苦笑を浮かべる義兄シュナイゼルに向かって問い質す。
『何も聞いていないんだよ、わたしも。寝耳に水で驚いているくらいだし』
「‥‥行き先に心当たりは?」
『‥‥心当たりと言われてもね。わたしはエリア11には行った事もないからね』
「‥‥‥‥特派の他の者が知っていると言う事は?」
『どうかな。ロイドは時々、わけのわからない道理で突っ走る事が有ったからね。今回もそうかもしれないし』
「良くそのような輩に一部隊をお預けになっていましたね。‥‥失礼します」
埒の明かない会話に苛立ったコーネリアはそう暇の挨拶を告げると一方的に通信を切った。
ランスロットが持ち逃げされてから初めて黒の騎士団とぶつかった時。
ランスロットがいないだけだと言うのに、ブリタニア軍は、紅蓮弐式と月下四機を前面に押し出して来た黒の騎士団に苦戦を余儀なくされた。
しかし、コーネリアはその場に、リーダーのゼロと、『奇跡の藤堂』の乗る月下(赤毛なので見た目で判断可能)がいない事に眉を寄せる。
「こちらにランスロットがいない事を知らない為の陽動か?」とも一瞬考える。
そう、幸いにも、即座に緘口令を敷いた為、軍の外部にランスロット不在が伝わった様子はなかったのだ。
ならばこれを逆手にとってゼロを捕まえよう‥‥とコーネリアはゼロがいると思われる場所を推測して親衛隊と共にそちらに向かった。
確かにそこに、ゼロの乗る機体と思しきナイトメアはいた。
傍には赤毛の月下もついているので間違いはないだろうと、コーネリアは二機の前に飛び出した。
『ようこそ。コーネリア殿下。待っていましたよ』
途端にゼロの声がオープンチャンネルから飛び出した。
コーネリアの動きを予測していたのか、慌てるでもなくゼロは優雅に挨拶をしてきた。
『今日こそは観念してもらうぞ、ゼロ。いかに「奇跡の藤堂」が優れていようと、この数を相手に貴様を守れると思うなよ』
コーネリアの言い様は、ゼロをまるっきり戦力外扱いしていた。
自分の力量をきちんと把握しているゼロは別段怒ったりはしなかったが、その言い様に怒った者が二人いた。
隣に控えていた月下の藤堂と、ゼロの号令を待って近くに潜んでいたランスロットのロイドである。
藤堂は月下の首をゼロの乗る無頼に向け、無言の圧力、というか催促をする。
『なるほど?では一人でなければ如何か?わたしを守る者が二人いても同じ事を言いますか?』
ゼロが問い、コーネリアは『はん。騎士団が擁する新型、その月下以外は全てあちらに回しているというのにか?』と自信満々に答えたのだ。
しかし直後、ゼロの合図と共に、現れた白い機体を見て驚愕が取って代わった。
『なッ‥‥ランスロットだとッ』
『そう。紹介するまでもないだろう?このたび、採用する事にした、白兜だ。‥‥黒の騎士団には不似合いだから黒くしようかと考えているが』
驚くコーネリアにそう告げたゼロは、「その場合は『黒兜』に改名か?」と続けて呟く。
『いや‥‥。それは今は関係がないぞ。‥‥しかも採用したのは白兜ではないだろう?』
ゼロの言葉に、月下からの冷静なというよりは呆れたつっこみが入った。
『そうか?味方になったら白兜の方が役に立つのだから、間違いではないだろう?』
何故か漫才のようなやり取りを始めるゼロと『奇跡の藤堂』にも驚いていたコーネリアと騎士と親衛隊だった。
『それはあんまりですよ~。ランスロットがぼくの付属品なんですから~』
だが、その言葉に、いや、その発言者に、今までで最大級の驚きを体験していた。
『ロイド・アスプルンド!?貴様、そこで何をしている!?』
『ん~。何って、黒の騎士団の入団試験に受かったので、転職したんです~。ぼくが作ったからランスロット持参しましたよ~』
ロイドはあっさり言うが、誰が作ろうがこの場合、ランスロットは軍のものには違いなく、立派な横領である。
『まてッ。貴様はまだ軍に籍を置いているだろうが』
『え~。ちゃんと受理させておきましたよ?退役届け~』
またまたあっさり言ったロイドだが、勝手に何処も通さず受理させたのはハッキングの成せる業であり、やっぱり違法であった。
そして驚きすぎていたコーネリアはこの時、とうとう気付かなかったのだ。
背後に控えるギルフォードとダールトンが、口論に参加しなかった事を。
数日後、ダールトンが姿を消した事で、ブリタニア軍は恐慌状態に陥る。
それが、まだ序章である事にすら気付く者はほとんどいなかった。
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作成 2008.03.11
アップ 2008.03.29
ルルーシュは、それを見て完全無欠に固まっていた‥‥。
その日、バイトがあるからと生徒会室にさえ顔を出さず教室から直接出かけて行ったリヴァル。
その結果、ルルーシュは一人租界に出てきていた、──買い出しの為に‥‥。
しかし、大通りに出た時、ふと視線が合ってしまったのがまずかったと言うのだろうか。
相手もまた、車に乗るところだったその動きを止めてしまい、供の者達の不審を買っていた。
一つ息を吐いたその人物は、片手で何でもないと示し、一行を乗せた黒塗りの高級車はそのまま滑り出して走って行ってしまった。
視界からその人物と車とが消えてから、ルルーシュはやっと息を吐く。
‥‥‥‥な、何故、こんなところにいたんだ‥‥、桐原‥‥。
車が消えた先を見やりながら、ルルーシュは呆然と思うわけで。
大体キョウトからも何も言って来ていないのに‥‥とゼロ思考で考えて深々と溜息を吐いた。
今日は生徒会が終わった後、ゼロがアジトに行く予定だったけれど変更だな‥‥と今後のスケジュールを考える。
五日後はどうしてもしなければならない事があるから絶対にアジトに行かなければならないが、今日はその下準備だけだったはず。
シワ寄せは何処だ?と脳内で調整しながら、ルルーシュは先程までよりも遥かに足早になってその場所を後にした。
買い出しが終わった後、一度部屋に戻ったルルーシュは、携帯を取り出して扇をコールする。
「扇か?わたしだ」
『ゼロ‥‥?‥‥どうしたんだ?』
珍しく連絡を入れたゼロに、驚いたのか扇は訝しげな声を返す。
「今日は急な予定が入ってそちらへは行けなくなった」
『え!?‥‥珍しいな』
誰にだって急用が入る事くらいあるだろうに、扇は派手に驚いてから、ボソリと呟いた。
「すまない。騎士団で次回までに急ぎしなければならない処理はなかったはずだから、構わないな?」
押しの弱い扇を説き伏せるには、有無を言わさぬ勢いとそれらしく思わせる言い回しで事足りるので、案外楽だったりする。
『えーっと‥‥あ、あぁ。‥‥なら次は‥‥』
一応考えているらしい扇だが、本当に予定が思い当たったのかも怪しいモノだとルルーシュは思っているが今は放っておく。
「何もなければ予定通り五日後だ」
『あ、あぁ。‥‥もし、何か有ったら‥‥』
「‥‥今日の夜七時から十二時‥‥の間で、手が空いていれば応じる。それ以外は掛けて来るな」
それはルルーシュがゼロとなってアジトにいる予定にしていた時間帯である。
それ以外はプライベートだとルルーシュは割り切っていた。
『わ、かった』
肯定する扇に、ルルーシュは一番聞きたいと思っていた事をついでのように訊ねる事にする。
「‥‥ところで、扇。キョウトから何か言って来てるか?」
『え‥‥いや、聞いてない』
「そうか‥‥。では後は頼む」
さっさと暇の挨拶をしたルルーシュは、そのまま通話を切って電源をオフにした。
この携帯はゼロ用のモノだから不要な時にはいつも切っている。
「‥‥やはり無断、か‥‥。全く、厄介な‥‥」
低く呟いたルルーシュは、気持ちを切り替えると生徒会室へと取って返した。
生徒会が終わった後、ルルーシュは一旦部屋に戻って内容は異なったけれど、出かける準備をする。
予定通り「帰りは遅くなるから」とナナリーに告げて、クラブハウスを出るとアッシュフォードの秘密の抜け道に向かった。
ここのロックは定期的にパスワードが変更されるが、その都度ミレイから新しいパスワードが知らされてくる。
ゼロになった今は勿論の事、ゼロになる前から、かなりの頻度でルルーシュが使っているお忍び用通り道であった。
途中にある幾つかの隠し部屋の一つで、ルルーシュは変装した後、外へ向かって歩いて行った。
桐原の滞在地へ向かうと、すぐさま部屋に通された。
その際の桐原の供が放つ不躾な視線には目をつむる。
桐原の部屋には、豪華な調度品、ばかりで構成されているような応接室が有った。
一人掛けソファに座って両手を杖の上で組んでいる桐原の正面に立ったルルーシュは不機嫌な顔で桐原を見据える。
「良く来たな‥‥。あれだけで良くわかったものよ」
視線が合ったあの時、桐原はルルーシュに向けて会いに来いと合図を寄越していたのだ。
「‥‥‥‥何の用ですか?桐原公。‥‥用件は手短にお願いします」
黒い髪はセミロング程の長さになり、紫の双眸を隠す為か薄い色のついたサングラスをかけている。
それだけで紫は黒か茶かに見えてしまうのが不思議なのだが、少しは気が紛れる。
服装も普段とは違い、少し明るめの色を使用したモノを選んでみた。
「まぁそう慌てず、掛けるが良い。‥‥そう、怒るモノでもないぞ」
笑いを含んだ桐原の声音に、ほんの少し怒気を上げればすぐに気づいたので、ルルーシュは息を吐いて桐原の向かいに座った。
桐原が背後に立つ護衛に合図を送ると、全員が一礼の後退室していった。
「無断で降りて来た事は詫びよう。じゃがな。わしにも付き合いというものがある」
二人きりになった部屋で、桐原の第一声は詫びと言い訳だった。
「‥‥わたしは呼びつけられた事に対してのみ、憤っておりますが?」
ルルーシュは少々見当違いをしている桐原に対して低い声で応じる。
「すぐに来ると思うておったが‥‥。随分とゆっくりしていたものよな?」
苦笑とともに、当てが外れたとでも言いたげな桐原に、ルルーシュは眉を顰めた。
「‥‥いくらわたしでも、そうそうすぐには動けないのですよ、桐原公」
まったく、怒っていると言った傍から、更に怒らせるような事を言ってどうする気なのかと、ルルーシュは半ば呆れる。
「ゆっくり、腹を割って話したかったのだが‥‥。その姿は?」
と、ここでやっとルルーシュの姿について言及した桐原は、外見を気にしないのか、それとも鷹揚なのか。
「念の為、というものです。‥‥それで?」
「‥‥この後、客が来る。‥‥同席するなら止めぬぞ?」
キョウトの重鎮に会いに来る客との会見に同席を許すとは、不思議な事もあるというか‥‥、ルルーシュは嫌な予感を覚える。
こう言う話の流れ方では、客がルルーシュの知り合いという事も有り得そうだ。
「客とは何者です?」
「藤堂と‥‥四聖剣の仙波、じゃな」
すんなり答えた桐原に、ルルーシュは内心で、ピキリと青筋を十本くらい立ててみた。
桐原にしろ藤堂にしろ、ゼロに無断で動くとは‥‥。
「興味はありますね。‥‥わたしの事は?」
「そうじゃな。わしの縁‥‥としても良い。呼び方に気をつけよ。‥‥わしはなんと?」
「‥‥エル、で宜しいですわ。‥‥おじい様」
悠然と、エルは微笑んで見せた。
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作成 2008.02.08
アップ 2008.03.28
※「転機」の続きです。
C.C.が「オレンジ卿」を連れて何処かへ去って暫く、団員達はガウェインから降りてこないゼロを気にしながら、それぞれの作業をこなしていた。
「オレンジ卿」のナイトメアモドキを気にするラクシャータを宥めすかして、治療班の指揮に当たらせ、怪我人を送り込んだ。
指揮の都合上、幹部が先に見て貰ったのは仕方がないことだったが。
そのラクシャータの治療が、幹部から平団員に移って暫くした頃、紅蓮弐式帰還の報告が届いた。
但し、付き従う零番隊のナイトメアが二機のみと言う事で、騎士団員に緊張が走った。
紅蓮弐式は先程と同じ場所に降り立ち即座に膝をついたが、二機はその後ろに控えるように直立していた。
幹部達が集まりだす中、紅蓮のハッチが開き、カレンが姿を見せた。
「おいッ、カレ‥‥ン?‥‥てか誰だそいつは」
玉城が叫ぶ中、続いて現れた人影に、音量を落とした訝しげな問いかけに変わった。
当然ながら、カレンは無視した。
「そっちお願いします」
メイド服を着た、おしとやかそうな日本人女性が、カレンと二人して、大きな車椅子を紅蓮のコックピットから下ろそうとしている姿は少し異様だ。
「力ありますね。平気ですか?」
「大丈夫ですわ。このくらい出来なくては勤まりませんもの。それよりも、このナイトメアで下に下ろしてもらえますか?」
「‥‥そうね。揺れるかも知れないので、落ちないように気をつけてください」
「承知しております」
カレンは返答を聞くと紅蓮のコックピットに戻り、ハッチを開けたままその腕を操作した。
紅蓮の手の平が女性の立つ肩口に近づけられると、器用に車椅子を操りながら、重さを感じさせない動きで手の平に移る。
それを見届けたカレンはそっと紅蓮の手の平を地面につけ、女性と車椅子を降ろすと、元の体勢に戻した紅蓮から下りてきた。
「それで、どちらに?」
「‥‥と、いうか、みんなと一緒に、先に部屋に行ってもらっても良いですか?そちらに連れて行きますから」
「承知いたしました」
カレンは周囲放置で女性と話をした後、後ろに控えていた零番隊の二機に手を上げて合図をした。
「‥‥ディートハルトは何処にいる?」
二機が膝をつこうと動く中、カレンは周囲を見渡して一人の幹部の名前を呼んだ。
「ここにおりますが。‥‥何故、その女性を?」
声を上げて進み出たディートハルトを、カレンはキッと睨みつける。
「貴様が言うな、貴様が。どうして、ゼロが知らない団員が存在してるわけ?後でキッチリ説明してもらうわよ」
カレンの剣幕に、周囲の幹部は驚いて彼女を見たが、その内容に視線はディートハルトに移される。
「とりあえず今は、彼女達を部屋に案内して。後でゼロが向かうわ」
「‥‥たち?‥‥と、言うと他にも?」
「彼女の連れよ。あなたに責任持って貰って構わないわよね?誰にも手出しさせるんじゃないわよ」
ディートハルトはカレンの怒りが本物である事を察し、頷く事にした。
「承知いたしましょう。‥‥それで?」
「じゃあ、咲世子さん、お願いしますね」
ディートハルトに対するものとは、態度も声音もコロッと変えて、カレンは女性にも頼んだ。
「はい。勿論でございますとも」
女性もまた頷いて返事をした時、賑やかな声と共に、二機のナイトメアから人が降りてきた。
「ふへぇ~。滅茶苦茶狭いじゃないか、ナイトメアに乗るのも考え物だな~」
「そうねぇ。あ、かいちょ~、ニーナ、平気そう?」
「ええ。ちょっと怖がってるけどね。ちゃんと手を握ってたし、平気よね?ニーナ?」
「う、うん‥‥ミレイちゃん。‥‥平気、みたい」
「すまないが、静かに歩いてもらえないだろうか?」
賑やか過ぎる学生達に、零番隊の一人が小声で注意したが、誰も聞いていない様子であった。
「‥‥って、カレン。何ブリタニアの学生なんて連れてきてるんだ?」
「煩いわね、少しは黙ってな、玉城。わたしはまだあんたへの怒りも納めちゃいないんだからね」
カレンは玉城を一喝して黙らせ、近づいてくる学生に声を掛けた。
「会長。とりあえず、みんなには部屋を用意しますから、そこで待ってて貰えますか?」
そしてまた、コロッと変わった声でカレンはそう尋ねるのだ。
「なんか、みんなの視線がとっても痛いんだけど?ホントに平気なの?カレン」
ミレイがこそっと囁いた。
「えっと、こいつはブリタニア人だからニーナも平気でしょう?後は、咲世子さんの傍から離れないようにしてくれれば‥‥団員からも守れます」
「カレン。これは一体‥‥」
「玉城が学園手放したりしなかったらここまで面倒な事しなくてすんだのよ。文句があるなら玉城に言いな」
「ってなんでおれ名指しなんだ?カレン、テメいい加減にしろよ」
「‥‥‥そういえば、オレンジ卿どうしたんですか?姿が消えてるみたいですけど?」
「呼ぶなっつたろ、カレン。‥‥C.C.が連れてったよ」
杉山が教えただろっと注意してから、尋ねられた事にも答えてやった。
「へ‥‥?じゃあ、ガウェインには‥‥。ったく、あんのピザ女~~」
しかし、一瞬呆然としたカレンが、立ち直った後、発したのは、C.C.に対する怒りの絶叫だった。
了
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作成 2008.03.10
アップ 2008.03.27
藤堂は部下である四聖剣の内の二人、千葉と朝比奈を連れてゲットーを歩いていた。
黒の騎士団に身を寄せ始めたばかりで、周辺の地理、地形を知らないままなのが不安だった為だ。
ゲットーを出ない、と言う条件で、ゼロに許可を貰ったのは身を寄せたその日の内だった。
以来、日に最低2回は、アジトの周辺を散策していた。
この日も例に漏れず、2回目の散策中だった。
アジトに籠ってばかりでは運動不足にもなるので、既に日課になりつつはある。
「う~ん。‥‥租界の様子も見てみたいですねぇ~。‥‥藤堂さ~ん」
行けども行けども、どこかしら崩れている建物ばかりで、気が滅入ってきている朝比奈は、前を行く藤堂に声を掛けた。
「こら、朝比奈。ゲットーから出ない約束なんだぞ」
千葉が焚きつけるなと言わんばかりに、速攻で注意する。
「だって、このシンジュクゲットー、他のゲットーと比べても廃墟だよ?こんな景色ばっかり見てたんじゃ、心が荒んじゃいますって、絶対ッ」
朝比奈は周囲に誰もいない事を確認してから、大袈裟に嘆いて見せた。
「‥‥仕方がないだろう?クロヴィスの壊滅作戦に見舞われてしまっているんだ。無理もない」
逆に千葉は声を潜めて、応酬する。
かなりな打撃を受けた上に、復興だって進んではいない。
そう、その後すぐクロヴィスが暗殺された為に、色々とうやむやのまま放置されていると言うべきか。
藤堂はそんな二人のやり取りを背中に聞きながら、スッと道を逸れた。
「ッ中佐?‥‥そちらへ行ったら租界ですよ?」
それに気づいた千葉は、慌てて声をかけて後を追う。
ゼロが見ているとは思わないが、約束を違えたからと罰せさせるわけにはいかないのだ。
「租界までは行かない。‥‥境まで行って租界の様子を見るのも悪くないと思っただけだ」
「さっすが藤堂さん♪」
朝比奈は自分の意見が取り入れられたのかと思って途端に上機嫌になる。
しかし千葉の拳が朝比奈の頭に入る。
「ってぇ~~。何するんですか、千葉さん‥‥ッてまたッ」
二度目に振るわれた千葉の拳に、朝比奈は涙目で訴える。
「租界に近づくというんだから、無暗に名前を呼ぶんじゃない。立場を自覚しろ」
「ッ‥‥ご、ごめんなさい。気をつけま~す」
千葉の言葉が正しいと気づいた朝比奈は、自分の非を認めて詫びた。
千葉は普段多少おちゃらけた言動が目立つのに憎めない朝比奈の、こういった素直なところも気に入っていた。
無人の荒野‥‥もといゲットーを歩いていた三人が、その気配を感じたのは、そろそろ租界が見えそうな所まで来た時だった。
租界側から誰かがやって来る事に気づいて、三人は壊れかけた壁の陰に身を隠す。
ほどなく聞こえて来たのは、ミャーという猫の鳴き声、そして。
「‥‥こら、人のモノを銜えてどこへ行くんだ?それを返すんだ。このイタズラ好きめ。待てと言うのに‥‥」
猫に何か取られたらしい少年の声が届いて来た。
「全く、こんなところまで入り込んで。‥‥ん?‥‥もしかしてこの為におれを連れて来たかったのか?」
口調が変わった事に興味を覚えて、藤堂と千葉、朝比奈はそっと隠れていた場所から顔を覗かせた。
そこにいたのはブリタニアの学生らしき一人の少年。
黒い髪の下、遠目横顔でさえわかるその美貌に、三人は目を見張る。
透けるように白い肌と整った顔に、はっきりとはわからないまでも濃い色の瞳には意志の強そうな光が見えていた。
屈んで猫から何かを受け取った少年は、猫の頭を一撫でしてから立ち上がると頭上を見上げる。
つられるように三人もまた視線を上げて、少年の背よりも遙かに高い壁の出っ張りに、猫を一匹見つけた。
少年は一度足もとに視線を落とすと、何かを探すように巡らせて、吐息をひとつ。
「これは流石に‥‥」
もう一度頭上の猫を見上げると手を伸ばしてみる。
「来い。‥‥無理か。もう少し近くなれば‥‥」
呟きながら考える少年は、藤堂達に全く気付かない。
肩から下げていたかなり大きな鞄を降ろした少年は、鞄を縦向きに立てて置いて倒れないか確認した後、その上に立って再び猫に手を伸ばしていた。
「ぅわ‥‥危ないなぁ~。地面だってガタガタだから不安定なハズなのに‥‥」
朝比奈が焦った声を出す。
その時、脳裏に似たような場面がフラッシュバックして来た藤堂は、気づけば隠れた場所を飛び出して少年に向かって駆け出していた。
驚いたのは千葉と朝比奈である。
普段の藤堂が思慮深い分、この突然の行動に驚き、ついつい見送ってしまった状態である。
鞄の高さだけ近づいた伸ばされた手に、猫は飛び移る。
唯でさえ不安定な足場に不安定な姿勢で伸びをするような体勢を取っていた少年は、当然ながらバランスを崩して落下する。
猫を庇っている為か、受け身の体勢すら取らずに頭から地面に激突しようとする少年をすんでのところで受け止めたのは、飛び出していた藤堂だった。
衝撃を予測して固く両目を閉じていた少年を、藤堂は見下ろして既視感を感じていた。
同じように木に登ったまま降りられなくなった子猫を助けようとして倒れた子供‥‥。
藤堂の飛び出すのが遅かったせいで、そのまま目を開かないのではないか、と思った事がある。
気を失った子供が、眼を覚ますまで、藤堂は生きた心地がしなかったのだ。
同様の状況を目の当たりにして、藤堂の身体は、だから勝手に動いていたのだ。
その甲斐あってか少年は、すぐに目を開く。
紫の光‥‥。
鋭く苛烈な光を灯す双眸‥‥。
「大丈夫ですか?‥‥いったい‥‥」
背後から千葉が困惑したように声をかけて来たので、藤堂は我に返る。
「いや、おれは平気だ。‥‥君、平気か?」
「‥‥ッあ、はい。お陰で怪我ひとつせずに済みました。猫も無事のようですし‥‥」
驚きに目を見開いている少年は、そのままの表情で呆然とそう返答し、身を起こす。
少年の腕の中で救出された猫がミーと鳴いた。
少年は猫をひとしきり撫でた後、そっと地面に降ろしてやる。
すると少年をここまで連れて来た猫が寄って来て、助けられた猫を舐めるとミャーミャーと鳴いてから連れだって去って行った。
「‥‥まるで、お礼を言ってるみたいでしたね~、あの猫」
朝比奈がそんな感想を述べた。
「‥‥そう、ですね。‥‥子猫を助けた事へのお礼と、‥‥連れて来る為とはいえ、モノを盗った事への謝罪ですよ」
少年は猫達が角を曲がるまでを見送りながら応じた。
「へ?‥‥君、‥‥猫の言葉、わかるのか?」
まさか少年から、それも具体的な肯定の返事をもらうとは思っていなかった朝比奈は、素で驚いて聞き返していた。
「‥‥‥‥というか。助けていただいた事にはお礼を申し上げますけど、何故ここに?」
やっと頭が働いたのか、少々警戒を持った少年が問いかけて来た。
「‥‥日本人の我々が、ゲットーにいるのは別におかしくはないだろう?君こそブリタニア人のようだからこんなところに来ていては危ないんじゃないのか?」
千葉が応じる。
「来たくて来たわけじゃないですよ。物盗りの猫を追った結果なので。‥‥もう帰ります。‥‥本当にありがとうございました」
会話を千葉と朝比奈に任せきりだった藤堂は、頭を下げてから立ち去る少年をずっと見つめていた。
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作成 2008.02.08
アップ 2008.03.26
※「恐怖と勝敗、そして...」の続きです。
生徒会室で。
赤いパイロットスーツを着たカレンは、生徒会のメンバー(ミレイ、リヴァル、シャーリー、ニーナ)と向き合っていた。
「‥‥今頃何しに戻ってきたのかなぁ?カレンさんは?」
リヴァルがおどけた声でまず口を開いた。
重たい雰囲気に耐え切れなくなったとも言う。
「幾つか言いたい事があって」
「‥‥座って良いかしら?落ち着いて話を聞いた方が良さそうだし?」
ミレイが応じる。
カレンが頷くと、みんなに指示を出してそれぞれ椅子に座った。
「どうせなら部屋の外にいる団員もどけて欲しいくらいだけど?」
ミレイの言葉に、カレンは扉に近づいて開く。
外に待機していた団員が、ハッとしてカレンを振り返った。
「お前達は建物の周りで警戒してろ。ここは良いから。‥‥ここと、隣の建物とね。後は学園の周囲を。軍は入れるな。今度こそ」
「ちょっ、待ってカレンッ!」
隣という言葉に、ミレイは悲鳴を上げる。
「咲世子さんに用があるんです。‥‥何してる、良いから行って」
「「はッ」」
バタバタと駆け去る足音を聞きながら、カレンは扉を閉めた。
「聞いて良い?咲世子さんに何の用があるっていうの?」
低い声でミレイは尋ね、振り返ったカレンはミレイを見たが、その問いを黙殺した。
「‥‥まず、苦情を言って良いかしら?どうして枢木スザクを助けたのか。何故、白兜を解き放ったのか。みんな、白兜にここから追い払われたって言っているわ」
「ゼロの黒い機体が建物を背後にして戦ってたからよ。そしてスザクの白い機体が撃たなかったから」
「‥‥余計な事をしてくれたわよね。おまけに、その作業にかまけてナナリーちゃんを一人にしたんでしょう?驚いたわよ、誘拐されてたって知った時は」
カレンのその言葉に、ミレイもリヴァルもシャーリーもニーナも、それぞれ視線を逸らして俯いた。
「スザクが騎士団を追い払わなければ、貴方達が彼女の元を離れなければ、そう思うわ」
「‥‥待ってカレン。あなた今、『誘拐されてた』‥‥って言ったわよね?じゃあ」
「ええ。救い出したわ。学園を守る。そう言ったのはこちらだったし。‥‥お陰で騎士団の団員にかなりの被害が出たけれど」
「何処にいるの?無事なのね?」
「来る気ある?咲世子さんには来て貰わないとだけど。会長達に強制するつもりはないの」
「行くわ。勿論。連れてってくれるんでしょ?ナナちゃんのところへ」
ミレイはキッパリと言い切る。
「ちょっ会長。そんな即答ですか!?そりゃ、ナナリーちゃんの事は心配だけど‥‥危なくないっすか?」
リヴァルは驚いた。
「目を離したのは確かよ。わたしにはナナちゃんの無事を確かめる義務があるのよ。貴方たちにまで来いとは言わないけどね」
「いや、勿論行きますよ、おれは。唯一つだけ。今戦況?ての?どーなってるんすか?」
ミレイの決意を聞いたリヴァルは行く事を決め、それでも気になる状況をカレンに尋ねる。
「わたしがここに来た事で察してると思ったけど?ブリタニア軍は租界から撤退したわ。政庁の一部にまだいるらしいけどね」
「らしい‥‥って、あなたも戦ってたんじゃないの?あの赤いナイトメアで」
「‥‥そのハズだったのだけど。租界を離れてたのよ。そう、ついさっきよ。ナナリーちゃんを連れて租界に戻って来たのは」
「ヘッ?‥‥じゃあ、ナナリーちゃんを助けたのってカレンさんだったのか?」
リヴァルの驚きはもっともで、赤い機体が精鋭中の精鋭だと言う事は一目でわかるからだ。
それを戦場から離してまで一人のブリタニアの少女を助けようとしたのだと言う事に、驚いたのだ。
「わたしと‥‥後二人。一人はゼロ、よ。そしてその邪魔をしに現れたのが白兜って言ったら信じる?」
「「嘘ッ!?スザクが?」」
シャーリーとニーナが驚きの声を上げた。
「扉の前に立ちはだかって妨害してくれたわ。‥‥捕まえて簀巻きにしてるけど。‥‥今度は逃がさないでね」
カレンの声に暗い響きを感じ取った一同はコクコクと頷いた。
「良いわ。咲世子さんにも連絡して、みんなで行くわ。安全は保障してくれるのでしょう?」
「勿論。約束するわ」
ミレイの言葉に、カレンはしっかりと頷いていた。
『‥‥おい。本気で少しかかるぞ、お前等。先に手当てして来い』
ガウェインの中から、C.C.の声が聞こえる。
「何に時間を取られている?‥‥第一、おれ達が説明を求めるのは間違ってはいないと思うが?」
藤堂が声に出して尋ねる周りで、四聖剣や他の幹部、団員達がうんうんと頷いている。
『確かに間違っちゃいないな。だが、カレンが後で説明すると言っていたはずだな?カレンの説明で判らない事があれば聞きに来れば良いだろう?』
「カレンは出かけている」
『そんな事は知ってる。‥‥なんなら、今ここで禁句とやらを言っても良いぞ?』
ズザザザッと騎士団員がガウェインと「怪物」から離れる。
「捨て身の戦法だね~‥‥」
そう評した朝比奈の声は明るいが、作った笑みは引き攣っているし、たらりと汗も掻いていた。
『煩いぞ、C.C.。もう少し静かに出来ないのか?』
小さくゼロの声が回線に割って入って来て、団員達の身がピシッと引きしまった。
『あぁ、もう。いつまでもやってろ。わたしは先に降りるからな』
C.C.の宣言と共に、ガウェインのハッチが開いた。
それぞれに伸び上がるようにして中を覗こうとしていたが、離れていた事もあって、しかと見る前にC.C.が出てきて再び閉ざされてしまった。
C.C.がひょいとガウェインから飛び降りる。
それからスタスタと団員達の間を抜けて、「怪物」の前に立った。
「おい、貴様。降りて来い。それとも『疑惑の名前』とやらを呼ぶか?」
『おぉぉぉぉお。呼ぶハ危険!!今降りませ』
「アイツはわたしが預かる。ラクシャータを呼べば喜んで調べるだろう」
「えぇ、勿論喜ぶわよぉ。勝手に見てもいーのかしらぁ?」
「好きにしろ」
プシュー‥‥と音を響かせて開いたコックピットから、メカオレンジが現れた。
生身の姿を見るのが初めてな騎士団員達は、その変わりように驚いた。
「「「‥‥‥‥なッ‥‥」」」
「あぁ、念の為に言っておくが、禁句とやらの効果は生身の方が強いらしいから気をつけた方が良いぞ」
「「「「「「「そ、それを先に言え先に!!」」」」」」」
団員の大半による非難の大合唱が高々と響き、より遠くに下がり、動かなかった藤堂と四聖剣、ラクシャータはやれやれと溜息を吐いたのだった。
了
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作成 2008.03.08
アップ 2008.03.25
千葉が騎士団のアジトに辿り着いた時には、既に予定の時間を大幅に過ぎてしまっていた。
格納庫では出発の準備の為か、みなアチコチで忙しく動き回っている。
「千葉さ~ん。こっち、こっち~。遅いですよ~。急いで急いで」
目敏く見つけた朝比奈が、手を振りながら千葉を呼ぶ。
「すまない、遅くなった」
「みんな心配してたんですよ~。藤堂さんもとっても気にしてたしぃ」
言われて月下を振り仰ぐと、既に藤堂の隊長機はトレーラーに積み込まれた後だったらしく見当たらなかった。
二機の月下、仙波と卜部がトレーラーに積み込もうとしているところなのだろう、見上げる千葉に気づいて月下の片手が振られた。
「さ、おれ達の月下も積み込みましょう。藤堂さんは今は扇さんと話してるところだから報告は後、後」
「‥‥そうだな」
朝比奈の言葉に、肯いた千葉は己の月下に向かって駈け出した。
移動中、中佐から注意を受けたが、あまり厳しいものではなかった。
と、いうのも、リーダーであるところのゼロ本人から、「間に合わないので途中で合流する」との連絡が有ったからだそうだ。
その余波というわけでもないが、「あまり怒らないように」と中佐は扇さんに言われたらしい。
「すみません、以後気をつけます」
しかし、悪かった事は認めるし、反省もしているので、素直に詫びを入れる。
「けどさー、何かトラブル?結構時間かかったよね?」
「あぁ。‥‥『なごみ』が場所を移していて‥‥、少し迷った」
「ん?どこまで行って来たのだ?千葉‥‥」
訝しげに仙波大尉が訊ねる。
「‥‥租界の入り組んだ先の方。D3辺りです」
「げ。あのオヤジ、んなとこまで移動してたのか?‥‥にしては戻るの早くないか?途中で諦めた‥‥わけでもなさそうだし?」
卜部さんが驚きながらも、わたしが持っていた紙袋を指して首を傾げた。
「‥‥途中で良い案内に出会ったから‥‥」
わたしはそう応じてから、彼は予定に間に合ったのだろうか、と考えた。
一時間ならと言っていた彼に、倍以上の時間を費やさせてしまったのだ、和菓子一つでは割に合わなかっただろう。
「‥‥にしては浮かない顔だが。何か嫌な事でも有ったのか?千葉」
仙波大尉に問われて、わたしはゆっくりと首を振った。
「いえ‥‥、なんでもありません」
そう答えてから俯いたわたしは、そっと視線を交わす同僚に気づかなかった。
「扇、わたしだ」
『ゼロッ、今何処だ?そろそろ出発の時間なんだが』
「すまないが、わたしを待たずに出発してくれ。時間までに間に合いそうにない。途中で合流する」
『えッ‥‥。何か、有ったのか?』
「‥‥少し表でトラブルが生じただけだ。大した事じゃないが、時間を取られてしまった。‥‥すまないが頼む」
『‥‥わかった。合流って‥‥どの辺りになりそうなんだ?』
「そうだな。‥‥恐らくは現地付近になると思われる。‥‥合流の際にはC.C.に連絡を入れるから行き違いにはならないだろう」
『わかった。気をつけて来てくれ』
「そうしよう。では切るぞ」
ルルーシュは通話を切ると、深い溜息を吐いた。
帰りが殊の外遅くなって、ナナリーに心配をかけてしまった。
そのナナリーを宥めるのに更に時間を費やし、気付けばアジトでの合流が不可能な時間になってしまっていたのだ。
この時ふと、「この分では千葉もまた出発時間ギリギリだったんじゃないだろうか?」と心配になった。
まぁリーダーのゼロ自身が間に合わないのだからそんなに強く怒られる事はないだろうが、と思う事にしておく。
学園を出て、通りがかった車を拾い、ギアスを掛けて目的の場所まで送らせるのは造作もない事だ。
その間、C.C.と連絡を取って、少々先行した辺りで、車を降り、「ゼロ」になって騎士団の到着を待つ。
乗り捨てた車の運転手は、どこか適当な辺りまで走ってからギアスから覚めるだろう。
「ゼロ」
C.C.の声が聞こえ、顔を上げると、頭だけを指揮官用に変えた無頼が近づいてきていた。
「すまなかったな、C.C.」
「これきりにして欲しいな。‥‥とりあえず、ピザ三枚だぞ」
C.C.の言葉に、ゼロは仮面の下で顔を顰めたが、表に出しては頷いただけで留める。
とりあえず、移動が終わるまではと、ゼロを肩に乗せた無頼はC.C.の操縦で騎士団の隊列に戻って行った。
作戦は一応の成功を収めた。
ブリタニア軍の補給基地を叩き、出張って来た枢木スザクの乗る白兜をカレンの紅蓮弐式と零番隊が足止めした。
扇が率いる部隊がラクシャータが希望した物資の強奪をする中、残存兵力を藤堂以下他のメンバーが叩いたのだ。
ほぼ、ゼロの立てた計画通りに進行したと言って良いだろう、今回の作戦で。
ゼロの予想外の事が一つ起こっていた。
各人の能力までを計算に入れているゼロの予測に反して、千葉がミスを犯したのだ。
近くで行動していた四聖剣が、なんとかカバーしたから致命的な事態に繋がる事はなかったのだが、ミスはミスだった。
唯でさえ集合時間に遅れていて、叱責を受けていたというのに、重なる失態に、当の千葉だけでなく他の四聖剣もまた色を失くしていた。
敵のナイトメアフレームを追う四聖剣の月下‥‥。
それがふと別の景色と重なってしまい、千葉は月下の制御を乱してしまったのだ。
それに隙を見出した敵は反転して攻撃に移り、千葉の月下を弾き、そのまま逃走しようとしたところを、仙波と卜部の月下が回りこんで倒していた。
朝比奈は他の機体の背後に回って退路を断ち、戻った仙波と卜部と一緒になって殲滅したのだが。
ゼロの作戦では、そのまま追って行き、先で待ち伏せしている隊と連携して囲いつつ殲滅の後、更に前進して別の隊に合流するというものだった。
四聖剣が、留まって敵の一部隊を殲滅した余波は、待ち伏せ隊の不安を煽り、次の行動に移るタイミングを計る術を奪う。
それは別動隊を孤立させかねない可能性を含んでいた。
いち早い仙波の連絡により、ゼロと藤堂が咄嗟にそれぞれの隊へ連絡を入れた為、どちらも作戦通りに進行する事が出来、全体への影響は消えていた。
四聖剣もそのまま速度を増して、何とか別動隊への合流を果たす事が出来もした。
それでも藤堂も四聖剣もミスはミスだと認めていたし、不測の事態に弱いゼロもまた事の重大さを理解していた。
それが、アジトへの帰路、藤堂と四聖剣が乗るトレーラー内での会話を奪っていたのだ。
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作成 2008.02.11
アップ 2008.03.24
「七年前、おれが会ったのは一人だけだ。だからこそ、双子だと言う事も知らなかった‥‥」
藤堂は同じ顔と同じ「ルルーシュ」と言う名を持つ二人、ゼロと枢機卿に尋ねられてそう切り出した。
「‥‥それで?それをゼロの方だと断定するのは何故かな?」
シュナイゼルはそれにもまた面白そうに先を促す。
「おれの会ったルルーシュ君は、妹君の事を全力で守ろうとしていた。‥‥今のゼロのように、だ」
藤堂は迷いもなく、そう言いきる。
「‥‥まるで、わたしがあの子の事を守っていないとでも言いたいようだね」
『ルルーシュ』は心外とばかりに訊ねる。
「ゼロが言っていたな。『‥‥あの時、皇女のみを狙った理由は、返り咲きを目論んでいた為ですか?』と。皇女とは妹君の事だろう?」
「君はそれを否定しなかった」と藤堂は厳しい目を『ルルーシュ』に向けた。
『ルルーシュ』は笑みを浮かべる。
「『初めまして、藤堂鏡志朗』‥‥と言うべきか?確かに、七年前、わたしが会った日本人は枢木の家の者だけだった」
ゼロは答えず、フイッと顔を背けただけだった。
「では桐原公に会ったのも、ゼロだけだな?‥‥枢木スザク‥‥は?」
千葉が確認するように問いかける。
「枢木スザクが親友と思っていた相手は、このわたしの方だよ。ゼロではなく、ね。‥‥そうだろう?ゼロ」
変わらない笑みで『ルルーシュ』が告げると、カレンはハッとしたようにゼロに視線を向ける。
学園で、ルルーシュ・ランペルージは枢木スザクを友人として遇していたのに?と、訝しげな視線になっている。
ゼロは、どこか諦めたように深い溜息を吐いた。
「‥‥‥‥その通りですね。‥‥スザクは我々の見分けはついていなくて同一人物だと見ていたようですけど‥‥」
「だろうね。あいつは表面しか見ないから、それだけで第十一皇子をわかった気になっていたからね」
「‥‥‥‥それで親友?おかしいでしょ、それは。それに、だったらゼロだって同じなんじゃ?」
朝比奈が首を傾げて『ルルーシュ』に意見した。
ゼロは朝比奈に視線を向けると肩を竦める。
「スザクと会う時は常に片方ずつ‥‥あいつも双子だと知らない。‥‥『ルルーシュ、スザクとは仲良くなった。そのつもりで』‥‥そう言っていましたね。‥‥兄上は」
「わたし達が別々の反応を返せば、双子である事も、その双方共に来ていると言う事も知られてしまうからね?合わせる必要が有っただけ」
「スザクと喧嘩をしたのはわたし、仲直りをしたのは兄上。‥‥いつもそんな感じだったのは確かですね」
「そう。君はいつもスザクを怒らせてばかりいて‥‥。けれどスザクが折れて謝る時はいつもわたしだったからね」
「えっと‥‥。ゼロが弟?なら、七年前に日本に来たのは三人で、ブリタニア本国に帰ったのは一人だけでそれが兄のそいつ‥‥って事なのか?」
扇が確認の為、整理しながら言ってみる。
「その通りだ、扇。我々が双子だった事を知っているのはとても少ない。日本では枢木ゲンブだけ。だから兄上が本国に戻った事を知る者はいなかった」
「そう、ゼロ、君以外は。本国でさえ、亡き母上を除けば、妹と‥‥。このシュナイゼル義兄上だけなのだから」
「‥‥アッシュフォードの者も知っていますよ。あそこは母上の後見だったのですから」
「父であるブリタニア皇帝すら知らない秘事。お陰でゼロ、君が勝手に宣言した皇位継承の放棄を取り消すのにとても苦労したけれど」
ゼロと『ルルーシュ』とによって、さらさらと語られる話に、ついていけなくなって朝比奈がキレた。
「ちょ~~~~っと待った~~。なんか話が随分とそれまくってませんか?今のおれ達の仕事は第二皇子シュナイゼルを捕らえる事だったはずだし」
「そりゃ、ゼロの素性とかいきなり知っちゃって驚きまくりはしたけども」と言い訳しながら、朝比奈は一同に訴える。
「‥‥わたし達を捕まえると?それでどうするつもりかな?父上への人質に、と思っているのなら無駄だよ?」
シュナイゼルはそれでも笑みを絶やさない。
「兄上。‥‥シュナイゼル義兄上にも、ここで投降していただきます。わたしの目的は、ご存知でしょう?」
「‥‥クロヴィスにユーフェミア、それにコーネリア。三人の皇族を、異母兄弟を殺してきたゼロ。勿論、知っているよ?母を殺された、その復讐だね?」
シュナイゼルは平然と殺された異母弟妹達の事を口にした。
「おかしいね。わたしよりも君と仲の良かった兄弟ばかりじゃないか。まぁ彼等しかこのエリア11に来なかったからかも知れないけど?」
『ルルーシュ』もまた、何でもない事のように笑みを浮かべたままに言う。
「‥‥‥‥。今また一人や二人追加されたところで、咎に違いはありません。‥‥速やかに停戦し、投降してください」
ゼロは銃を構えなおし、再度投降を呼びかける。
「ゼロ。‥‥‥‥知っているだろう?」
スッと笑みを消したシュナイゼルが、低い声音でゼロに問う。
それに合わせるかのように、『ルルーシュ』の表面からも笑みが失われた。
「‥‥ブリタニア皇帝の事ですか?‥‥弱者に優しくないあの男の事ですから、投降すれば切り捨てられる可能性は高いでしょうけれど」
「‥‥その通りだよ。折角この地位まで登り詰めた。わたしも、猊下も。それを君は奪おうとしているのだよ?」
真顔で言うシュナイゼルに、しかしゼロはフッと笑みを浮かべた。
「御冗談を。わたしが、知らないとでも?‥‥では言い方を変えればいかがですか?」
「おやおや。そこまで気づいていたのか?流石はゼロと言ったところだろうね?‥‥良いだろう。投降はしないが、停戦は受けよう」
ゼロが何を知っていると言ったのかは不明だが、そのゼロを褒め、シュナイゼルはあっさりと前言を翻した。
そして通信装置に手を伸ばし、オープンチャンネルを開くと、そのまま声を出す。
「わたしは、神聖ブリタニア帝国、第二皇子シュナイゼル・エル・ブリタニアです。この場の戦いは一旦わたしが預かる。よってブリタニア軍将兵は戦いをやめたまえ」
シュナイゼルはそのままゼロにマイクを差し出した。
「‥‥わたしの名はゼロ。黒の騎士団も同様だ。今すぐ停戦せよ。この場でのこれ以上の戦いは双方認めない」
マイクを受け取ったゼロは続けてそう言い、更に藤堂に向ける。
「‥‥‥‥。仙波、卜部。聞いた通りだ。騎士団を率いて、後退していろ」
藤堂が言い終わると、ゼロはマイクをシュナイゼルに返した。
「わかったね?戦闘は一時御預けだ。みな大人しく待っていなさい」
シュナイゼルは再度マイクにそう言うと、通信を切った。
「立ち話も無粋だね?ゼロ‥‥。どこかで落ち着いて話をしようじゃないか?」
シュナイゼルの提案に、ゼロは即答せずに、騎士団幹部を見る。
「藤堂、扇、カレン、千葉、朝比奈。‥‥お前達はどうしたい?」
千葉と朝比奈は目顔で藤堂に従うと伝える。
「‥‥ゼロ。主導権はどちらが持っているんだ?」
藤堂の言葉に、ゼロはくすりと笑い、シュナイゼルと『ルルーシュ』もまた「ほぉ」と感心する。
「6:4でわたし、ですよ。‥‥ひっくり返る可能性は否定できませんが」
「そうだね、認めるよ。今は君が持っているね、ゼロ。取り返したいとは思っているけれど?」
「わたしがそう簡単に渡すとでも?」
「だけど、チェスの勝負ではいつもわたしが勝っていたね?」
ゼロとシュナイゼルは穏やかに昔話をしていた。
「‥‥‥‥。良いだろう。話し合いとやらの席には、同席させて貰うぞ」
藤堂は、皇族達の様子を見ながら首肯していた。
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作成 2008.02.06
アップ 2008.03.23
──面接「ダールトン」編──
とうとう、ゼロは特例として異例の決断をした。
何しろ、ディートハルトがそれを見るなりゴミ箱行きにしたような経歴書なので、当然ながら正規の試験を通していないからだ。
ディートハルトが密かに人を介してその旨の通知を届けた。
よって、入団希望者アンドレアス・ダールトンの面接がおこなわれる事になった。
ちなみに面接官は、事情を知る藤堂とロイドをつれたゼロ本人である。
ついでに言えば、面接場所はゲットーでは有るが、騎士団とは関係のない場所が選ばれていた。
特派の主任が出奔したと聞いた時、まさか、と思った。
だがそれ以外に奴が消え失せるとは考えられず、わたしは進退を迫られていた。
特派とは第二皇子が奴の為に作ったと言っても過言ではなく、それを全て投げ出す程の「理由」など、わたしはほかに知らないのだ。
一緒に消えたランスロットが騎士団にて確認できた時、わたしは確信した。
即座に身辺を整理し、さり気なく引継ぎをおこない、心中で姫様に頭を下げた。
経歴書を作成し、何度も漏れがないか確認して、投函した。
「ホントに来たんだ~?ダールトン将軍」
ダールトンがその部屋に入るなり、特派の主任の声がダールトンの耳に届いた。
しかし、ダールトンの視線は真っ直ぐとゼロに向けられていた。
「何故、とお尋ねしても宜しゅうございますか?」
ダールトンは用意されていた椅子にも座らず、ゼロに問いかける。
途端に、スチャッとロイドは銃を取り出して照準をダールトンに向けた。
「否定とかぁ、非難とかぁ。そー言う事の為に来たんなら即座に撃つけど~?」
「その気はない。ただ‥‥。本人の口からお聞きしたいと望む事も許されませんか?」
「何故。そう尋ねたいのはわたしの方だな。コーネリアを見限ったのか?ユーフェミアを見放したのか?」
「‥‥そう取られたとしても仕方ありますまいな。‥‥唯、わたしは貴方にこそお仕えしたい、と望むのみでございます」
「ダ~メ。騎士にはぼくがなるんだからぁ~」
「‥‥藤堂。プリン伯爵を追い出すか?」
ゼロの言葉に続き、組んでいた腕を解いた藤堂が立ち上がろうとしたのを見たロイドは慌てた。
「むぅ。大人しくしてますぅ~」
「‥‥わたしの望むもの。それは、『優しい世界』。それと『母の死の真相』だ。クロヴィスは言った。『真相はシュナイゼルかコーネリアが知っている』とな」
ゼロはそう言い、「お前は何か知っているか?」とダールトンに尋ねた。
「ん~?それって暗殺しに行った時にですかぁ~?苦し紛れとかじゃ~?死にたくない為のぉー」
ロイドが首を傾げる。
「ないな。クロヴィスは『やってもいないし、やらせてもいない』と断言した。‥‥つまり奴は無関係だ」
「‥‥‥。珍しいな。君がそこまで信を置くと言うのは」
藤堂が苦笑混じりに言った。
「あぁ。‥‥クロヴィスが嘘をつく時は、かなり判りやすいからな。‥‥そう、少しも、‥‥変わっていなかったな」
声音を変えて、懐かしむようにゼロは言った。
「‥‥‥。我が君ぃ?前々からお尋ねしたかったんですけどぉ~?もしかして『奇跡の藤堂』って我が君の事知ってらっしゃるんですかぁ~?」
「ん?あぁ。バレてるな。でなければこんな話できないだろう?」
「ぼくの努力はぁ~?」
「バレてるのは藤堂にのみだからな。その点助かっているのは確かだが?」
「‥‥話がズレたぞ」
「あぁ。そうか。クロヴィスの言葉に嘘はない。ならば次はシュナイゼルかコーネリアに尋ねるだけだ。‥‥もっとも」
キッパリ言い切ったゼロは、そこで言葉を切った。
「‥‥もっとも、クロヴィスが知らないだけで他にも知っている者はいるかも知れないがな。確実なのはクロヴィスが無関係だと言う事だけだ」
断言するゼロに全く疑う様子がない事に、戸惑った藤堂が躊躇った後問う。
「‥‥‥昔、クロヴィスとは仲が良かったのか?」
その問いに答えたのは、ゼロではなくダールトンとロイドだった。
「良く、チェスをしておいででした。‥‥ほとんどクロヴィス殿下は負けてばかりでしたが、それでも足繁くお通いになられておりましたな」
「ほ~んとぉに邪魔だったなぁ~。突然やってきて我が君連れてっちゃうんだもん。ぼくは約束まで取り付けてたってのにさ~」
「それは‥‥仕方ないだろう。クロヴィス殿下は高位の継承権を有しておいででしたし、無碍にもできますまい」
昔話に話を弾ませる二人のブリタニア人に、ゼロは「これだからブリタニアはッ」と頭痛を覚えた。
「あー‥‥おれの問いのせいだが、話がまたズレたな」
藤堂もまた頭痛を覚えたのか、軌道修正を試みる。
「今一度尋ねる。ダールトン、お前は何か知っているか?」
「‥‥いえ。姫様がお調べになられていたのは知っておりますが、単独で動かれておいででして、わたしは詳しくは聞いておりませぬ」
ダールトンは首を振ってそう答えた。
ゼロは「そうか‥‥」と小さく呟くと、気持ちを切り替える為に小さく息を吐いた。
「‥‥‥ダールトン。他に軍内でわたしの素性を知る者はいるのか?」
「わたしはアスプルンド伯の出奔とランスロットの騎士団加入で気付きました。アスプルンド伯を知る者の半数は遅かれ早かれ気付くかと」
ダールトンの言葉に、ロイドは藤堂から睨まれてしまった。
「‥‥シュナイゼルとセシル、特派の連中もか。‥‥これにダールトンの出奔も重なればコーネリアとギルフォード、それにユーフェミアも気付くな」
「コーネリア姫様はその前にお怒りになられるでしょうな」
「当然だな。コーネリアは裏切りを許さないからな。特にダールトンとギルフォードには絶対の信を置いていたはずだろう?」
「ですが、貴方だけは裏切る事は出来ません。それと知って敵対を続ける事も‥‥」
「‥‥何故だ?わたしの何処を見て、そう思う?」
ゼロは訝しげな声をダールトンに投げる。
「わたしは、貴方から何度か声をかけて頂きました。初めは偶々だと思いましたが、その後も他に気づいた者はおりませんでした」
ダールトンは変わらず真っ直ぐとゼロを見ながら言い、「貴方だけです。コーネリア姫様さえ気づかなかったというのに」と重ねた。
「あ、それわかる~。けど、何度かって、そんなに体調不良するなんて軍人も大変だねぇ~」
ロイドは明るく応じ、「でもそんなに声掛けられてたなんて羨ましいなぁ~」と呟いた。
「お前の立ち位置はコーネリアの後ろだからな。‥‥しかし他にも気づいた者はいただろう?」
「いえ、全く」
「そうか?お前とプリン伯爵、それにオレンジ卿は特にわかりやすかったが」
平然と言ったゼロを見て、藤堂は「ダールトンの入団も確定か‥‥」と思い、嘆息した。
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作成 2008.03.08
アップ 2008.03.22
その時、ゼロはディートハルトに別件で用事が有り、偶々その場所を訪れただけだった。
ディートハルトはゼロの来訪に珍しく気付かず、手にした用紙を一枚ポイとゴミ箱送りにしたところだった。
ゼロは首を傾げつつも厭な予感を覚え、スタスタと近づくと、今しがた捨てられたばかりの用紙を拾った。
「ッ‥‥‥ゼロッ!?そ、それは‥‥ッ!」
いつもならばゼロの出現をディートハルトは喜ぶが、この時ばかりは心底焦った様子を隠さずに、あろう事か捨てたばかりの紙を取り上げようと手を伸ばした。
何となく予想がついていたゼロは、その前にサッと下がり、用紙に視線を落とした。
「‥‥‥‥‥‥」
無言。
見られてしまった事で、諦めたのか、ディートハルトはそれ以上の抵抗はせずに、ゼロの一挙手一投足を見守る。
「‥‥‥‥‥‥」
まだ無言。
まるで石化したかのように、身動ぎ一つしないゼロ、「もしかすると呼吸すらしてないのでは?」と不安に思ったディートハルトだが、それでも反応を待つ。
「‥‥‥‥‥‥」
それでも無言。
流石にディートハルトにも焦りが見え始め、「だから見せたくなかったのだ」と内心思うのだが。
「‥‥‥‥‥‥」
そしてやはりゼロはまだ無言を通していた。
ディートハルトに頼んでいた情報を受け取る為に、藤堂はあまり近寄らないようにしていたディートハルトの部屋に向かった。
本来ならば、ディートハルトの方がやってくるはずだったのだが、刻限を過ぎても現れないのだから、その情報が必要な藤堂が出向く必要が生じたのだ。
扉は、開いていた。
気にせず中を覗き、藤堂はその光景に驚いた。
ゼロが立っている、がゼロとて必要な情報が有れば訪れるだろうからそれは別に良い。
問題なのはディートハルトの反応だった。
無防備とも思えるゼロが目の前にいると言うのに、ディートハルトは戸惑った表情で、唯立っているのだ。
「‥‥何か、有ったのか?」
藤堂が尋ねれば、あろう事か、ディートハルトは藤堂を見て、ホッとした表情を見せたのだ。
「あー‥‥、その。ですね。不要と判断した書類を捨てたところを見られてしまいまして。それを見たゼロが‥‥固まっているのです、はい」
困惑しきったディートハルトの言葉に、ゼロを見た藤堂はその手にある用紙を見つける。
確かに身動ぎしないゼロを訝しんだ藤堂は、その用紙を取り上げ、視線を向けた。
「‥‥‥‥‥‥」
これは確かに反応し辛いだろう、と藤堂もまた無言でその内容に目を走らせる。
「‥‥‥ッ、どうなっているんだ?ブリタニアはッ!」
やっと動き出したゼロの第一声がそれだとしても、ディートハルトも藤堂も驚かなかった。
入ったばかりなのに、どんなに阻止しても幹部会議には顔を出す、ゼロが振り払っても傍に居座る、幹部達の指示には従わないと言う団員が一人いた。
名前はロイド・アスプルンド、通称は「プリン伯爵」である。
本人は「それで呼ばないでくれるかな~」と剣呑な視線で周囲を睥睨したのだが、ゼロが「なら入団は認めないぞ」と言えば、コロッと「なら仕方ないね~」と諦めた。
勿論、本人に面と向かって「プリン伯爵」と呼ぶ者は限られている。
常にそう呼ぶのはゼロとラクシャータで、時と場合とで使い分けるのがカレンと朝比奈、それに玉城。
所属は技術班で、従ってラクシャータの指揮下におかれているロイドには、ゼロからの言葉はあまりかからない。
当然ながら、声がかかるのを唯待っているロイドではなく、ちょろちょろとゼロの近辺に出没し、声をかけ、その他積極的なアプローチは続いていたが。
「あぁ、そこにいたのか、プリン伯爵」
その日、ロイドにそう声を掛けたのは、朝比奈だった。
「‥‥‥‥。なにかなー?」
鋭い視線を投げた後、普段通りの声で尋ねる。
この件に関しての苦情は言えばゼロの耳にも入るので、ロイドは堪えるのだ。
「睨むのは勝手だけどさ。藤堂さんから呼んで来いって言われてるんだよね。話、聞きたい?プリン伯爵」
こんな言い方を朝比奈がするのはゼロに関する事だと、これまでの経験で既に悟っているロイドは、不服そうに下手に出た。
「知りたいね。勿論、教えてくれるんだよね?朝比奈君?」
ボソボソと拗ねた口調でロイドは尋ねた。
「ディートハルトの部屋だよ。ディートハルトと藤堂さんと、‥‥それからゼロが待ってるって、‥‥さ。ってもういないし。早いなぁ、行動が」
朝比奈が言い終わる前には、というかゼロの名前を出した途端、ロイドは駆け出していて、朝比奈が口を閉ざした時には影も形も消えうせていた。
バタンッ。
ノックもなく扉が開けられ、ロイドが姿を見せた。
「お呼びですか、我が君ッ!」
ロイドがノックするのは、ゼロの部屋だけである。
「扉は静かに開閉しろと何度言ったと思っているんだ?プリン伯爵」
「今ので42回です、我が君」
平然と答えるロイドに、同席している藤堂とディートハルトは唖然とする。
「つまりわたしの言う事を聞く気がない、と思って良いんだな?」
「そんなッ。ぼくが我が君の言う事を聞かないなんて事、あるはずがないです」
「次は追い出す」
「我が君ぃ~」
ロイドに泣きが入るが、誰も取り合う者はいなかった。
「本題に入る。プリン伯爵を呼んだのは、これを見て貰う為だ」
ゼロはそう言って、問題の用紙をロイドに差し出した。
嬉々として受け取ったロイドはそれを見て、やはり固まった。
「‥‥あのー。これ、何かの間違いでは?」
そろり、と上目遣いにゼロを見ながら尋ねてみる。
「プリン伯爵の時にも思ったが?いっそ、そこから間違いだったとしてみるのも手かな?」
「それはあんまりですよぉ、我が君ぃ‥‥。う~ん。ぼくの出奔で、ゼロの素性があちらにバレたと仮定すると、有り得たりしません?」
ロイドのブリタニア軍、及び特派からの突然の出奔は、各所に混乱を招いていた。
特に、一緒になくなったランスロットに関しての非難はかなりのものだったのだ。
一人、そのデヴァイサーであるところの枢木スザクは、呆然といつもランスロットが置かれていた場所を見上げていたとか。
そしてデヴァイサーだから准尉に昇格したのに、とまたぞろ降格の話が出ているとかいないとか。
更に、何処に雲隠れしたのかと思っていたランスロットがその姿を騎士団のナイトメアとして現した時の驚愕といったら‥‥、ちょっとした見物であった。
ちなみにランスロットの騎士団でのデヴァイサーはロイドである。
ロイドの趣味に走った設定に、ラクシャータは呆れ、「よくもまぁこんなとんでもないものを操ってたわねぇ」とその一点に関してのみ枢木スザクを評価した。
カレンですら匙を投げたその、『粗大ゴミ』になりかけたナイトメアについて、ゼロが言い切った。
「プリン伯爵。責任を持ってお前が騎乗しておけ」
それを耳にしたロイドは、「は~い、我が君。仰せのままに」ととても嬉しそうに頷いたものだった。
「‥‥だとすれば、それなりの責任は取って貰うぞ?プリン伯爵」
「責任を取って騎士になりお守りいたしますよ、幾らでも」
「本末転倒じゃないか?それは。騎士になる為に、主と定めた者を窮地に落としてる事になるぞ?」
藤堂が冷静な突込みを入れた。
「‥‥素性、か‥‥」
ゼロは呟いて、机の上に戻されたその用紙、経歴書に視線を向けた。
写真には斜めに傷の走った男の顔が写っていて、名前欄には「アンドレアス・ダールトン」とあるその経歴書。
ゼロは再び「どうなっているのだ、ブリタニアはッ」と内心で叫んでみた。
──審査「ダールトン」編──
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作成 2008.03.06
アップ 2008.03.21
※「対決と救出」の続きです。
ガウェインのコックピットが閉まるのを見てから、ゼロはカレンに向き直る。
ちなみに、忘れ去られた感のある枢木スザクは、まだ意識を飛ばしたまま車椅子の上に簀巻き状態で転がっている。
「‥‥‥黙っていた事、すまなく思う。‥‥だが、良いのか?」
素性を知ったと言うのに、変わらないカレンに、ゼロは戸惑う。
「良いの。貴方が何故戦場を離れてここに来たのか、それも理解できたし。‥‥第一発端はあの場所を守るように言われていた騎士団の落ち度でしょう?」
カレンはそう応じ、「だったら騎士団の誰に対しても文句は言わせないわ」と笑った。
「‥‥そうか。ならば、租界の戦闘にキリがつき次第、生徒会のメンバーと咲世子さんを連れてきて欲しい。ナナリーを頼みたいから」
「‥‥一緒にいてあげないの?‥‥ってか、まだ勝てると思っているの?これだけ長く『ゼロ』が離れているのに?」
ゼロが離れてから短い時間しか租界にいなかったカレンだが、それでもかなりガタガタとなった騎士団を見ていたので、思わず尋ねていた。
「藤堂とディートハルトに任せてきたからな。まぁ後方は扇ではなく南だったが、それでも容易く崩させたりはしないだろう?」
「‥‥‥その言葉。みんなに聞かせてあげたいわね」
ゼロの言葉が無意識の信頼の現われのように感じられたカレンは、ポツリと呟いた。
「それに、今は『オレンジ君』も租界に戻っている」
「あッ、それさっきも言ってたけど、あんな怪物が租界に戻ったんじゃ、それこそみんな全滅してるんじゃ‥‥」
カレンは思い至った可能性に青くなる。
「あぁ。一応『間違っても騎士団には攻撃するな』とは言ってある。騎士団がヘマをしない限りは平気だろう」
「‥‥‥言ってあるって?‥‥それに、ヘマって?」
「一応味方につけた。半分な。『オレンジ』の言葉で暴走するが‥‥それさえ言わなければ、騎士団を襲ったりはしないはずだが?」
「オレンジ卿を味方につけたんですか?ゼロが?‥‥あんなにゼロを追い掛け回していたのに!?」
ゼロは頷きつつも、「その言い回しはどうかと思うぞ、カレン」と内心で呟く。
「巧くいけば、租界に戻る頃には、騎士団の勝利で戦闘に幕が下りているかも知れないな」
『おい。何時までお喋りしているつもりだ?いい加減戻らないのか?』
痺れを切らしたらしいC.C.が回線を開いて声を掛けてきた。
「そうだったな。スザクは紅蓮に乗せてくれ。流石に四人は乗らないからな。それとエナジーフィラーの交換を」
「わかりました。ゼロ♪」
カレンは元気良くそう言って満面の笑みを見せた。
「‥‥ぅ‥‥こ、こは‥‥」
枢木スザクの呻き声に、カレンは顔を顰めた。
どうせなら租界に着くまで気を失ったままだったら良かったのに、と思う。
「き、君は、カレン、か?」
「そうね。暴れないでね、枢木。狭いんだから」
カレンがそう言った端から枢木スザクは縄を解こうと足掻く。
「暴れるなって言ったでしょ。落ちたいの?」
「き、君は騙されているんだ。ゼロにッ!」
「その話なら聞く耳持たないわ。‥‥あんたの言葉に一貫性というか、筋の通った主張が出来たら聞くくらいしても良いかもしれないけど、今はないものね」
「ゼロは間──」
「間違ってる?相手を否定しているだけ、って言うのよそれ。否定も批判も主張とは言わないでしょ?反論って言うんだと思うけど?」
カレンはスザクの言葉を引き継ぎ、冷ややかな声を投げた。
「あんたの中には否定と批判と反論と、後は何?自己弁護かしら?自分は正しいって?それだけなんでしょ?」
「違うッ!おれはッ!」
「ねえ、『虎の威を借る狐』って知ってる?あんたの事よね?『ブリタニアと軍の威を借りてる枢木スザク』」
「違うッ!」
カレンは「スザクは気付いていないのだろうか、今もまた否定しかしていないということに‥‥」と思って溜息を吐いた。
「‥‥さっきの話、わたしも一つして良いかしら?」
「‥‥‥‥。さっきの?」
「そ。『過程と結果の境界線』の話よ」
「‥‥聞いてたのか?てか君かッ!おれを殴ったのは」
スザクの非難の眼差しも口調も、カレンは全て無視してのける。
「ねぇ。『結果』って最終目的地、最終目標の事だと思わない?」
「‥‥‥そうだな。それが?」
「ブリタニアがどこまで行こうとしているのか、知ってる?」
「‥‥‥‥どこまで?」
「あちこち占領してエリアという名前にして統治して、それが『結果』だとでも?全て『過程』よ。現在進行形の。さて、この『過程』は間違ってないのかしら?」
「‥‥過程?これが?全部?」
「だって、ブリタニアは全世界の統治が目的だもの。EUも中華連邦も、全てをエリアとして支配する‥‥その『過程』よ、今って。で、正しいのかしら?」
「‥‥‥‥」
「都合が悪くなるとだんまり?あんたって、ほんっと目の前の事しか見えてないのね。てか目の前の事すら見えてないわ」
「‥‥どういう意味?それに見えてないのは君じゃないの?‥‥ゼロの──」
「正体‥‥とか?知ってるわよ。そしてわたしはこの場所。零番隊隊長紅月カレンとしてここにいるの。おわかり?」
カレンはスザクのこの問いが今で良かったと思った。
これが洞窟内で言われていれば、ナナリーを見る前に言われていれば、ぐら付いただろう自分を知っているから。
「‥‥あんたこそ、知ってるのね。それでよくもまぁあれだけ否定して来れたものね。親友の主張を否定し、非難し続けて」
カレンは、少々狭くなろうともスザクを紅蓮に乗せたのは正解、と身柄を預かった自分を褒める。
これをガウェインの中でやられた日には、と考えただけでゾッとする。
スザクが動く気配を察したカレンは慌てて言う。
「で、都合が悪くなると暴力に訴えるのよね。流石名誉ね。ブリタニアの法に殉じてるって褒めるべきなのかしら?」
スザクが一瞬動きを止めた隙に、カレンは懇親の力を込めて拳を振るった。
カレンは自分が暴力に訴えた事については「レジスタンスだし、良いわよね、このくらい」と開き直っていた。
了
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作成 2008.03.07
アップ 2008.03.20